第一話 初めての友達に親愛を
§1 賢者さま達のお茶会
ここは賢者様の城。
不思議な魔法が掛けられた不思議なお城。
そして、そんなお城の最奥で賢者さま達のお茶会が開かれていました。
水に濡れたような綺麗な黒い髪をした若い女の人は執務室のソファに座りながら、お茶をちびちびと飲んでいます。
そして、薄い水色の髪をした女の人、マリエルの妹ユアエルはその隣に座りながら静かに目を閉じて考え事をしています。
また、その二人に向かい合って緑色の髪をした目尻に皺が寄った女の人は、隣で少し不愉快そうにしているお婆ちゃんを諫めています。
さて、そんな四人を執務机から眺めながらため息をつく女の人がいました。
「はぁ。……やっと終わった。」
そう、それは筆頭賢者様のマリエル。
実は、このお茶会の前に大学ギルドの理事会が開かれていたのです。
議題はノアの王女様の受け入れについて。
マリエルは広場で出会ったリサとミルのお話から、王女様と同年代の女の子を集めて一緒に教える事を思いつきます。そして、学校を作る計画を立てたマリエルは大学ギルドの理事会を開いたのです。
さて、その会議で色々とあったマリエルは体力をすり減らしてしまったようです。
そんなマリエルの耳に不愉快そうな声が届きます。
「にしても、『雷光』を完全に排除出来なかったのは嫌だね、全く。」
不愉快そうにしている薄っすら緑色をした髪をしたお婆ちゃん。前“土の賢者様”で元“筆頭賢者様”、そして現“大学ギルド理事”のムロリンお婆ちゃんは宙に『小さな雷』を発生させるとテーブルをぴしぴしと叩きます。
さて、この『小さな雷』は言葉の代わりの物でそのまま『雷光』を意味します。実は話し言葉では表現出来ない物なのです。
そして、『雷光』とは今の“光の賢者様”の名前。水の賢者様、マリエルは『闇霧』、家族であるユアエルも『闇霧』を名乗っています。ムロリントお婆ちゃんは賢者様だった頃は『緑禍』という名前を持っていました。
さて、そんなムロリントお婆ちゃんは、心底嫌いな光の賢者様の子供ジェシエルが学校に来る事になってしまったので機嫌が悪いのです。光の賢者様はかつてマリエルの婚約者だったのですが、少年時代に出会った異母兄妹のメルエルと恋に落ちてしまってそのまま結婚してしまったのです。
その結果、賢者様たちの仲が悪くなってしまってそのまま内戦の様な状態になってしまいました。
それを目の当たりにしたムロリントお婆ちゃんは『雷光』を嫌う様になってしまったのです。
そんなムロリントお婆ちゃんを隣の女の人が諫めます。
「子供には罪は無いですよ。お母様。」
そう。お婆ちゃんの隣に座っていたのは、ムロリントお婆ちゃんの娘で、前“筆頭賢者様”そして、現“土の賢者様”のケェンリン。実は、とある元王様の娘でもあるのですが今は良いでしょう。
さて、そのケェンリンに黒い髪をした女の人が声を掛けます。
「『氷嵐』と『火炎』だけでも排除出来たのは良かったです。ミルちゃんとリサちゃんも行く事ですし。」
と、“闇の賢者”アミエル。
『氷嵐』は風の賢者様、『火炎』は火の賢者様の事です。
『火炎』の子供は男の子。ただ、彼は甘やかされて育てられた為か、癇癪持ちで街でも問題児だと知られています。
『氷嵐』についてはそもそも子供が居ません。実は『氷嵐』自身はマリエル寄りで、リサのお父さんの上司だったりします。ただ、家としては敵対する派閥になるのでややこしいです。
アミエルはそう言うと空中に『闇』を作り出し、そこから器を取り出します。
その器には例のミルクシャーベットが入っていて、アミエルはスプーンを片手にそれを食べ始めました。
そんなアミエルの手元を見ながらユアエルが声を掛けます。
「アミエルさん、それって表のお店のですよね。」
「そうです。リサちゃんオススメだそうです。」
ユアエルに話し掛けられたアミエルはそう答えます。
……さて、アミエルが言っていた「ミルちゃんとリサちゃんも行く事ですし。」とは何の事なのでしょうか?
賢者様たちのお茶会は“まだ”続くようです。
§2 少女達と賢者さまのお城
ムロリントお婆ちゃん、通称ムロ婆の住む村、ハイゲン。その村の外れに小さな可愛らしい家が二軒、隣り合って建っています。
さて、その片方の赤い家の中で薄い赤色の髪を持つ女の子が二階の自分の部屋で机に座りながら、ぼんやりと窓の外を眺めていました。そのまま足をぶらぶらとさせます。
さて、リサはしばらくそうしていましたが、ふと、目線を上に向けます。
「ねぇ、ほのか。何か面白い話ないの。」
リサは突然、誰もいない空中に話し掛けました。
ですが、これはひとり言ではありません。すぐに答えが返ってきます。
「謎の存在ってなに。確かに私も自分が何なのか分からないけど。」
彼女は精霊。違う世界の人間で、リサと同じ存在でもあります。ただ、リサもほのかも詳しい事は知りません。
「うん。なら今日は“ほのか”が何なのか考えよう。」
なので、リサはそう提案します。そして言葉を続けます。
「確か、“二重人格説”、“幽霊説”、まさかの“妖精説”の3つの内のどれかだったよね。」
「私推しの“精霊説”も忘れないでね。」
ほのかがそう答えていると、いきなりドンドンと玄関を叩く音が聞こえてきます。
そして、ミルの声が聞こえてきました。
「リーサー、居るんでしょ? 早く出て来て!」
ミルはそう言うとまたドンドンと扉を叩きます。
さて、扉を何度も叩かれてイラっとしたリサは部屋を出て階段を駆け下ります。そして、扉に飛び付くと一気に扉を開けます。
ですが、ミルはリサがそうする事を分かっていたようです。ミルは扉から少し離れた所に立っていました。
リサはミルが扉から離れた場所に居るので、頬をぷくっと膨らまします。
「リサ、いつものお返し。もう、ふくれっ面しないでよ。」
ミルはリサのほっぺたを突きます。
リサはミルに頬を突かれたくないので、すぐに頬を萎めます。
そして、ミルに声を掛けました。
「で、ミルが家に来るなんてどうしたの?」
「なんか、マリエル様が私達に賢者の城まで来て欲しいって。」
リサは、口と目を大きく広げて驚きますが、ミルはそれには構わずに言葉を続けます。
「まぁ。私の家にアミお姉ちゃんがいるから一緒に来て!」
ミルはそう言うとリサの手を引っ張って自分の家まで連れていきます。
なぜアミが居るのか、リサは首を傾げますが手を引かれているのでそのまま付いていくしかありません。
リサがミルと一緒に家の中に入ると黒い髪の若い女の人が寛いでいました。闇の賢者、アミエル。
昨日の晩、例のお茶会でリサとミルをお城に呼び寄せる事に決めたマリエルは、そこで一番若く、リサとミルの知り合いでもあった闇の賢者さまに迎えに行くように頼みました。
そして、それを快諾したアミが今日ここに来たのでした。ちなみに、リサとミルはアミが闇の賢者さまである事は知りません。
さて、ミルの家の居間で、テーブルに向かってお茶を飲んでいたアミにリサが飛び付きました。
「アミお姉ちゃん! 久しぶり!」
「あっ! リサちゃん。」
リサに飛び付かれたアミはお茶を零さないようにカップを上に避けます。
アミの隣にやって来たミルは、そんなリサに呆れて口を開きます。
「……リサ。アミお姉ちゃんのお茶が掛かっちゃうよ?」
ミルにそう言われるとリサは少し不服そうにしながら、ゆっくりとアミから離れます。
そして、その様子にアミは苦笑いしながら、カップをテーブルに置きます。
さて、アミは椅子から立ち上がるとリサとミルに声を掛けました。
「大丈夫だよ? それじゃあ、移動するね。」
アミの言葉にリサもミルも首を傾げます。
しかし、アミは集中し始めていてリサとミルの様子に気付きません。
アミは一瞬で必要な魔法を作り上げると軽く手を叩きます。次の瞬間、周りの風景ががらりと変わりました。
リサとミルの目の前に数日前に見た賢者さまのお城が現れたのです。
「……えっ。」
ミルは目を丸くして落ち着きがなく周りをきょろきょろとします。
そして、リサは魔法で移動したと気付いた為に、ミルとは反対にじわじわと緊張が広がっていきました。
ですが、ふと少しおかしい事に気付いたリサは首を傾げてぽつりと言葉を漏らします。
「……アミお姉ちゃんって“街道”使わないんだね。」
すると、アミは固まってしまいます。
街道とは村から街まで続く魔法の道の事。
一歩が万歩に変わる魔法が掛けられた特別な道です。ハイゲン以外にもそれぞれの賢者達の領地とエルリルの街とを結ぶ様に整備されています。
さて、普通の人はその街道を使います。ただ、子供は大人と一緒でないと使えないのでマリエルと会った時のリサとミルは長い時間を掛けて森の中を歩いたのでした。
さて、リサの言葉を聞いたミルは少し落ち着き、言葉を返します。
「あっ、本当だ! でも、こっちの方が速いよね。みんな何で使わないんだろ?」
ミルがそう言うと内心焦り出したアミの額に汗が見えます。
瞬間移動は闇の賢者さまと闇の賢者さまに認められた人しか使えないのです。
街でそう言う魔法が使えると問題が起こる事があるので、闇の賢者であるアミによってエルリル全域の転移魔法は制御されています。
ですが、その事を知らないリサは違う事を口にします。
「うーん、今回はマリエル様から魔導具でも貸して貰ったのかも? そうだよね? アミお姉ちゃん?」
リサにそう聞かれたアミは少しほっとすると首を縦に何度か振ります。
「……そうだよ。今回は特別なんだよ。」
アミはリサとミルに闇の賢者さまであるとはまだ知られたくはないようです。ただし、魔導具でも闇の賢者さまの許可が必要なのは一緒なのですが……。
さて、早く話題を逸らしたいアミは城に足を向けて、リサとミルに声を掛けます。
「……リサちゃんもミルちゃんも行くよ。」
……実はリサは何となく、アミが本来使えない魔法、使ってはいけない魔法を使った事に気付いていました。
流石にリサはアミの様子がおかしい事には気付いていたようです。ですが、その場でアミの様子について考え事をしていたので、アミとミルは先に行ってしまった事に気付きませんでした。
「……あっ。」
リサはそれに気づくと急いで追いかけました。
「ちょっと! 置いてくなんてひどい!」
「リサがぼっとしているのが悪い!」
「一言、言ってくれたらいいじゃん!」
「そんなの知らないよ。……大体、リサがぼんやりしてる時は何言っても気付かないじゃん。」
リサはミルの言葉に顔を逸らします。心当たりがあったからです。
そんな風にリサとミルは言い合いをしながら城の出入り口をくぐると、お城のエントランスが目に入ります。真ん中は大きく通路が取られていて高い天井からはシャンデリアが吊り下げられています。そして、脇には幾つかソファとテーブルがおかれていて、幾つか人で埋まっています。一階は役所も兼ねているので人の出入りがそこそこあるのです。
ちなみに、マリエルが転んだのはエントランスの丁度真ん中で結構目立ってしまいました。
さて、そんなマリエルが先日転んだエントランスの真ん中で、先に入っていたアミが誰かと話しているようです。
水色の髪をした女の人。マリエルの妹、ユアエル。
彼女はお城のロビーに入って来たリサとミルに気付くとアミとの会話を止めます。
「……あなた達がリサちゃんとミルちゃんね? 私はユアエル、マリエルの妹です。」
ユアに挨拶を返さないといけないと考えたリサはアミとユアに駆け寄ります。
「初めまして! リサです!」
そして、リサを追いかけてきたミルもリサの隣に並ぶと一旦息を吐いてユアに挨拶します。
「リサ! ちょっとまって! はぁ。……初めまして。ミルです。」
そんなユアは2人にこくりと頷きました。
「……では、皆さん。執務室に案内します。」
ユアがそう言うとリサ達の足下に魔法陣が広がります。
次の瞬間、目の前に扉が現れました。周りも先程とは打って変わって、人気のない廊下が伸びています。
さて、ユアは得意な魔法では無かったので魔法陣を補助に使いましたが、アミには必要ありません。少し抜けている所があっても、アミは闇の賢者様なのです。
つかつかと扉に歩み寄ったユアはトントンと扉を叩きました。
「マリエル姉様、連れて来ましたよ。」
「……来たか。入ってくれ。」
そのマリエルの言葉が聞こえると同時にゆっくりと扉が内側に開いていきます。
扉が開くと中では執務机から立ち上がったマリエルがリサ達を出迎えます。ちなみに扉には筆頭賢者が許可を出すと勝手に開く魔法が掛かっています。
「取り敢えず、そこのソファにでも座ってくれ。」
さて、そこそこ魔法に慣れたリサとミルは扉について余り疑問に思わずに、ユアとアミの後に続きます。
そう言えば、前初めて会った時、マリエルにきちんと挨拶していなかったと、今更ながら思ったリサでしたが、取り敢えず、そのままミルと一緒にソファに座ります。
そして、マリエルはリサとミルの前のソファに座ると二人に声を掛けます。
「久し振り、ミルとリサ。取り敢えず、お茶でも出そう。……アミとユアもありがとう。」
マリエルがさっと手を振るとソファの前のテーブルに紅茶とお菓子が現れます。
そして、ソファに座らずに扉の方に控えているアミとユアにも声を掛けます。
アミとユアはそれに目礼を返します。
さて、これはマリエルが筆頭賢者としてリサとミルに対しているとの表れで、それに気付いたミルは質問をします。
「……今日は、どうして私達を呼んだんですか?」
ちなみにリサは、自分は関係ないとばかりに用意されていたお茶を勝手に注ぐとお菓子をもそもそと食べ始めます。
マリエルは少し目を丸くしますが、ミルに答えを返します。
「……前回会った時に相談した事が解決したんだ。今回来られるのはノアの王女様で、同年代の女の子を集めて講義を開く事にした。そこで、キミ達にも手伝って欲しい。」
「んっ!」
リサは驚いてしまいお茶が気管に入ってしまいました。
リサもミルもノアの名前を知っています。エルリルから西の大山脈を越えた所にある大国で歴史も長い国です。一応、隣国なのですが大山脈とその山麓に広がる大森林を陸路では越えられない為、海路でしか行き来が出来ません。
マリエルは辛そうにしていたリサと驚いて固まっていたミルが落ち着いたのを見計らって声を掛けます。
「さて、キミ達にはその王女様と一緒に講義を受けて欲しいんだ。」
アミが「……ミルちゃんとリサちゃんも行く事ですし。」と言っていたのはこの事だったのです。ただ、子供の二人には学校に通う事は少し現実的ではありません。
ミルは少し残念そうな顔をしながらマリエルに答えます。
「……マリエル様。私達はハイゲンに住んでいます。片道2時間は掛かりますよ?」
そう。ミルが言う通り、リサ達が住んでいる村から街までは森の中を突っ切る近道を使ってもそれほど時間が掛かります。村から街まで伸びる街道ならすぐに着くのですが、大人と一緒でないと使えません。
いずれにせよ、子供であるリサとミルだけでは判断が付く話でありませんでした。
「……それなら、城に寝泊まり出来る所を用意しますよ。」
ですが、ユアのその言葉でリサとミルの様子が変わります。
目をキラキラとさせたミルはクッキーを口に運んでいるリサに声を掛けます。
「ねぇねぇ! なんか楽しそうじゃ無い!」
「うん! お城に泊まれるなんて、多分私達だけだよね?」
そんな風にリサも目をキラキラとさせながら、ミルに答えます。
そして、マリエルは少し苦笑いをしながら、そんな二人に確認します。
「二人とも、確認するけど。手伝ってくれるんだね?」
するとリサとミルは手を繋ぎながら息を合わせます。
「はい!」
……
…………
さて、リサとミルの下に大学ギルドから一通の手紙が届いたのはそれから三日後のことでした。
§3 少女達の出会い
村はずれに二軒の小さな可愛らしい家が木に囲まれて建っています。
その赤い屋根の家の中で、薄い赤い色をした髪の女の子が金色の髪をした女性に服を着替えさせて貰っていました。
「……よし、これでいいわね。」
女性はリサの髪を後ろで一括りにすると頭のてっぺんからつま先まで目を動かしながらそう言います。
リサはフリルが沢山付いた可愛らしい赤いエプロンドレスに肩を覆うくらいの短めのマントを着ています。可愛らしい服装なのですが、リサの顔は優れません。内心ため息を吐きます。
実は、金髪の女性、リサのお母さんにリサは朝から昼近くまで、ずっと着せ替え人形にされていたのです。
さて、一週間前に届いたマリエルからの手紙には、こんな事が書いてありました。
“一週間後より城で生活するように”
リサとミルは、学校の開始はまだ先ですが今日から賢者様のお城で生活する事になるのです。
そして、着飾ったリサの事を嬉しそうに見ているお母さんも綺麗な服装になっています。
リサのお父さんの魔力が込められた薄氷の様な色合いの少し丈の短いドレス。そして、お母さん自身の魔力をこめた暖かい色合いの長いローブを着ています。ちなみに胸元では小さな勲章が光を反射させています。
ただ、リサはお母さんの服装を見ながら少しげんなりします。ドレスは父親が母親に送った物だからです。ちなみに、今日はリサのお父さんは仕事で居ません。
お母さんはふと窓の外に目を向けるとリサに声を掛けます。
「……リサ。そろそろ、外に出ましょう。ミルちゃんとご両親が外で待って居らっしゃるわ。」
「あっ。うん。……ミル! こんにちは!」
リサも窓から外を覗いて、ミルを見つけると手を大きく振ります。
「リサ! 早く出てこい!」
そして、ミルもそんなリサに手を振り返します。
そんなやり取りを見て笑顔になったお母さんはリサに声をかけます。
「リサ。行きましょう。」
「はぁーい。」
そうして、リサとお母さんが玄関を出ると、ミルとミルのお父さんお母さんが家の前の道で待っていました。
すぐに大人達が話を始めたので、ミルとリサは大人達から少し離れて、お互いの服装をじっと眺めます。
「……リサ、なかなか可愛らしいよ。いつもと違って。」
「……ミルもね。だいたい、なんで正装するのかな?」
ミルもリサと同じようにおめかしをしています。
ミルは何処かのお嬢様みたいに、二つに分けた髪をくるくると巻いて真っ白なドレスを着ています。ちなみに、ドレスはミルのお母さんのお下がりです。そして、リサと同じように黒い色をした短いマントを羽織っています。
実は子供の正装も自分の魔力を込めたローブを羽織らないといけません。ただ、子供が長いローブに魔力を込めるのは大変です。マントのように見えているのは実はローブなのです。
ミルはリサの言葉を聞くとため息を吐きます。
「はぁー。ちゃんと手紙読んだの? 賢者の城に住む為に“正式な認証”が必要って書いてあったよ。」
正装が必要な“正式な認証”とは魔法的な物だと思ったリサは、楽しげにどんな儀式なのか考え始めました。
さて、そんなリサ達にミルのお父さんが呼び掛けます。
「ミル! リサちゃん! そろそろ行くぞ!」
「分かった! お父さん! ……リサも行くよ。」
「……えっ。……あっ、うん。」
ミルに話し掛けられたリサはあいまいに頷きます。リサはまだ魔法的儀式について考えていました。
そんなリサを見てミルは深くため息を吐くと、リサの手を取るとそのまま引っ張って歩き始めました。
家を離れ森の道を歩きながら手を引かれている事に気付いたリサは、ミルに話し掛けます。
「……ミル、いつから手を繋いでた?」
「リサ、そんなのどうでも良いよ。そろそろ街道の受付に着くから、ぼっとしないで。」
ミルにそう言われたリサは正面に目を向けます。
すると道の先に小さな小屋が見えます。小屋の先の森は開けていて、小屋の中に人が立っているのが目に入ります。
街道はハイゲンの村のはずれに入口があるのです。元々、村はずれにある二人のお家からは歩くとすぐに着いてしまいます。
リサ達が小屋の前に来ると、小屋の中で立っていた受付の騎士は、リサ達に気付くと声を掛けます。
「こんにちは! クラトィルさんにアッシュさん。今は誰も使っていないのですぐに使えますよ。あと、街道に足を入れる前にお子さんとは手を繋いで下さいね。」
クラトィルはミルの家名で、アッシュがリサの家名です。
ミルのお母さんが騎士に挨拶を返します。
「はい。こんにちは。騎士様。」
そして、リサのお母さんも騎士に会釈をします。
「こんにちは。マールさん。」
実はリサのお父さんは騎士をしているので、リサのお母さんは受付の騎士と顔見知りだったりします。
「ご苦労様です。ミル! こっちに来なさい。」
「リサ、先に行くね!」
騎士に礼を返していたミルのお父さんがミルを呼ぶと、ミルはリサの手を離して自分のお母さんとお父さんの方に走り寄ります。
さて、少し寂しく思いながらリサはぽてぽてと歩いてお母さんの側に寄ります。
「リサ。手を出しなさい。」
「……っん。」
リサのお母さんはリサの手を握ると声を掛けます。
「離しちゃダメよ。」
大きく頷いたリサはお母さんの手を強く握ります。
さて、ミルが両親に挟まれて出発すると次はミルとお母さんの番です。
受付の騎士の案内従って、リサとお母さんが街道に一緒に足を踏み出すと、一気に景色が後ろに飛び退きます。そして、足が地面に着くと一瞬景色が止まります。また、お母さんとタイミングを合わせて足を踏み出すと一気に加速します。
お母さんとタイミングがずれるとどうなるのか、リサは少し怖く感じます。
ただ、街道は10歩程度で、すぐに到着してしまいました。
小屋がちょこんと横にあっただけのハイゲン側とは違い、エルリル側の出口は建物で囲まれています。中には幾つかベンチが置かれて受付も大きめに取られています。そして、騎士が何人か待機していました。
さて、街道の利用する時には出口と入り口側で連絡を取り合う必要があります。特にハイゲンへの街道は幅が広くないので、両側から同時に街道を進むと衝突してしまいます。なので、常に騎士を両側で待機させておく必要があるのです。ちなみに、連絡は魔導具か騎士自身の魔法を使って行います。
さて、街道を抜けたリサとお母さんが足を止めると建物で待機していた騎士に声を掛けられます。
「お疲れ様です。ルカさん。リサさん。クラトィルのご家族は先に外で待っていると。」
「あら、有難う。……リサ、早く外に出ましょう。」
リサはそのままお母さんに手を引かれ建物の外に出てきます。
すると、順番が先だったミルとミルのお父さんとお母さんが建物のすぐ側で待っていました。
リサに気付いたミルがリサに走り寄ります。
「リサ! 早く行こう!」
「うん! ミル!」
リサは差し出されたミルの手を取ると、お母さんに目を向けます。
「……はぁ。あまり離れない様に。」
ため息を吐いたお母さんは少し苦笑いをします。
でも、リサはぱっと嬉しそうな顔をすると、お母さんの手を解いてミルと走り出しました。
周りはもう石畳が引かれたエルリルの市街地で、建物が道に沿ってずらっと並んでいます。そして、至る所から様々な街の喧騒が聞こえてきます。
リサとミルはハイゲンから遠い事もあってあまり街には行きません。
でも、だからこそ、街に着くとどうしようもなく走り出したくなるのです。
さて、それから、少し時間が経ちました。
ここは賢者様のお城の一階ロビー。
お役所でもあるので、ぽつぽつと人が歩いているのが目に入ります。
珍しく、疲れた様子のリサを見ながらリサのお母さんはミルに声を掛けます。
「……ミルちゃんもリサの事よろしくね。」
「はい。」
「リサも、また来ますからね。」
「うん。お母さん。」
そうして、リサのお母さんはリサ達に手を振るとお城の外に出ていきます。ちなみにミルの両親はお城が仕事場で、認証の儀式を見届けた後すぐに仕事に向かいました。
さて、リサ達がこのお城で暮らす為の準備は既に整っています。
リサ達は街道受付を出ると少し寄り道をしてお城に向かいました。
珍しく、街のお菓子をお土産に買って貰ったリサとミルは、お城に着くと親と一緒にユアに連れられ、マリエルの執務室に行きました。
そして、その場でお城に住む為の儀式を行ったのでした。
しかし、リサの思っていたような魔法的な儀式はほとんどありませんでした。殆どの時間は親と賢者達の話を横で聞いていただけで、魔法が関係したのは水晶玉に手を触れて魔力をお城に教えた事とお城を自由に歩く事が出来る小さなバッチを授けられた事くらいです。
マリエル達の言葉を長い時間聞いていたリサはお母さんを見送りながら、ちょっとした解放感を感じています。
そんなリサに、胸に小さなバッチに光を反射させたミルが声を掛けます。
「リサ! リサ! 早速探検しない? この城って“妖精の家”にそっくりらしいよ。」
さて、妖精の家とは、妖精が作る不思議なお家の事です。
扉を開けると毎回違う部屋になったり、階段を上がったら地下室に繋がっていたり、同じ部屋の窓から別々の景色が映ったりする不思議なお家です。ちなみにノア国には大きなお城をした本物の妖精のお家があります。
この賢者の城は歴代の賢者達が様々な魔法を使って改築を繰り返した為、妖精の家の様な不思議な構造になってしまっています。
さて、ミルの言葉を聞いたリサは目を輝かせます。
「よし! ミル! まず階段探そうよ。今回も前回も結局ユアお姉さんに連れられて階段使ってないからね。」
「……確かに私達は階段いるよね。」
ミルは頷くとリサの手を取ります。
「リサ! 行こう!」
「うん! 探検へ出発!」
そうして、リサとミルはお城の奥に走り出しました。
……実はこのお城のお部屋は魔法で繋がっているので階段は使われていないのです。この時の二人はまだそれを知りませんでした。
さて、しばらくお城を探検していたリサとミルは代わり映えのしない廊下の所為で迷子になってしまいました。
いつの間にか人気が消えた迷路のような廊下を振り返りながらミルはすこし焦った様子でリサに声を掛けます。
「……ねぇ、もしかして迷子になった?」
「えっ! ……大丈夫じゃない?」
あの有名な妖精の家にそっくりならこんな物だろうと考えて首を傾げたリサをミルは睨み付けます。
「そもそもこのお城、おかしいよ! こんなに広い訳ない! それに私達以外誰も見てない!」
「……ミル、“妖精の家”みたいって自分で言ってなかった? それにこれって面白いよ!」
そう言ったリサから目を離したミルは頭を抱えます。
「……どうしよう! このまま一生彷徨う事になるかも!」
突然、ミルが焦り出した事にげんなりしたリサは誰か出て来て欲しいと思いながら廊下にあった扉に手を掛けます。
「あっ! リサ! 何やってるの! 変な所に出たらどうするの!」
「……えっ!」
もうこれ以上変な事になりたくなかったミルは、ぎょっとしてリサを扉から突飛ばそうとします。
しかし、何故か足の踏ん張りが利かなくなって、既に扉を開けていたリサと一緒に扉の中に転げ落ちてしまいます。
ざぶーん!!
すると、リサとミルの二人は服を着たまま突然お湯の中に放り込まれてしまいました。
「あっ! あったかい! 面白いね!」
「なにこれ! お湯!?」
髪からしずくを垂らしながらリサは下半身がお湯に浸かったまま、にこにこと湯船に手を浸します。
でもミルは混乱しているのか、きょろきょろと周りを見渡します。
さて、そんな二人に大きな声が聞こえてきます。
「えっ! 何ですか!!」
二人が声のする方に目を向けると、淡い水色の髪をした裸の女の子は二人を見て飛び上がっていました。
そう。ここはお風呂。水色の女の子が入浴中にリサとミルが湯舟に落ちて来たのでした。
「ふぅ……。」
心臓の音を押さえる様に水色の女の子は胸に手を当てながら息を吐くと、湯舟に座り込んでいるリサ達につかつかと歩み寄り声を掛けます。
「……それで、あなた達は誰ですか?」
実は、水色の女の子はリサ達の儀式を覗いていたので、二人の事は知っています。でも、二人は女の子の事を知らない事を知っています。それにお風呂を邪魔されて怒っているので女の子は二人にそう尋ねました。
女の子の声にリサは一瞬固まります。でも、女の子に興味を持ったリサはにっこりとするとすぐに立ち上がり元気よく答えます。
「リサです! 1028年生まれ7歳です! ほら! ミルも!」
そして、リサは女の子を見ながら惚けているミルを突きます。
ミルはリサに促されいそいそと立ち上がるとリサに続いて女の子に自己紹介をします。
「……え、えっと、ミルです。リサと同い年です。」
「……ラクアエルです。あなた達と同い年です。……はぁ。そうではなく! 私が訊きたいのは!」
お風呂中に乱入したのに少しふざけ過ぎたと思ったリサは、水色の女の子、ラクアの怒りを抑える為に言葉に声を被せます。
「あの。」
「……なんですか。」
ラクアは機嫌が悪そうな声に出します。でも、リサも負けずに声を出します。
「私達、びしょ濡れなんでタオル貸して下さい!」
立ったままだと確かに寒く、おめかしした服も何とかしないとお母さんに怒られると思ったリサは勢いよく頭を下げました。
すると、騒ぎを聞きつけたのか誰かの声が聞こえてきます。
「どうしたの? ラクア? ……あら?」
お風呂場に入って来たユアはリサとミルに目を止めます。すると、リサとミルは少し慌て出します。
「あっ! ユアお姉さん! お母さんには言わないで!」
「えっ! ユアお姉さん!? どうしよう! どうしよう!」
そんな二人を見るとユアは微笑みます。
「ふふ。リサちゃん、ミルちゃん。大丈夫ですよ。……そうね。とりあえずお風呂に入りましょうか?」
その言葉に慌てていたリサとミルは目を見合わせます。
こうして、リサとミルはラクアと一緒にお風呂に入る事になったのでした。
取り敢えず、濡れた服を回収されたリサとミルはそのままラクアと一緒にお風呂に浸かっています。
そして、ミルとラクアの二人は隣に座りながらお話をしています。
「……ラクアエルってユアお姉さんの子供だったんだね。びっくり!」
「ミルさんもクラトィルご夫妻の娘さんとは驚きです。」
ちなみに、リサは少し疲れたのか見るとラクアの話には混ざらずにぷかぷかとお風呂に漂っています。 ラクアエルのあだ名はラクちゃんにしようと考えながらぼんやりしているリサにミルの声が聞こえてきます。
「ちょっと、リサもこっちに来て! ラクアエルが聞きたい事があるって。」
それを面倒くさいと無視していたリサはミルに抱き着かれて溺れそうになってしまいます。
すぐに立ち上がったリサはミルをじっと睨みます。
「ミルのバカ!! 何してんの!?」
「リサが無視するから。……でも、溺れそうになったのは本当ごめん。」
怒っているリサを見たミルはばつが悪そうに謝ります。
そんなミルの様子を見たリサは無視した自分も悪いと直ぐに怒りが消えていきます。
「うん。……で、ラクちゃんの聞きたい事って何?」
一応、内容は覚えていたリサはラクアに目を向けて声を掛けます。
でも、あだ名にぴんっと来なかったラクアは不思議そうな顔をします。
「……ラクちゃんってなんですか?」
「ラクアエルだからラクちゃんだよ。」
「……もういいです。ミルさんが言うには、ここに来る前にリサさんが扉を開けたそうですが、何か考えながら開けましたか?」
ラクアは呆れた顔をしながらリサにそう聞きます。
確かに、ラクアの言う通りだったリサはこくりと頷きます。
「うん、人が居る所に行きたいって考えてたよ。」
「……なるほど、分かりました。」
ラクアはなるほどとリサに頷き返します。
このお城では、たまにそんな事があるのです。そして、不思議な事が起こる扉は変わらないので、その扉の位置をマリエルに報告する必要があるのです。
ただ、ラクアからその事を聞いたリサは迷子だったのに扉の位置なんて覚えてる訳ないとそんな事を思ったのでした。
§4 少女達と雨降りの日
リサとミルがお風呂に飛び込んだ事件から数日が経ちました。
リサは自分に与えられた部屋の机に向かいながら足をぶらぶらとさせています。
この数日の体験でリサとミルはお城の見た目と中身が一致してない事に気付きました。見た目は10階建てのちょっと豪華なお役所みたいな感じです。実際、大学ギルド受付や裁判所などもあるので間違いではありません。
でも、城の中身は完全に平面になっていて階段がありません。正確には階段を使わなくても他の階の部屋に行ける様になっています。窓の外の風景から階数と方角が分かるので、隣同士でも実際には全く別の場所にある部屋だと分かるのです。
ただ一つだけリサとミルは明らからにエルリルの街の風景ではない窓を見つけていました。
それは、雪で覆われた山が映る窓でした。今の季節は夏。
リサはその窓の事を思い出しながら、窓の外に目を向けます。
この部屋から見える風景は他の部屋に比べれば比較的普通の風景です。恐らく最上階南側、青い空に遠くには細長い灯台が目に入ります。
さて、この賢者のお城は建てた時は普通でした。しかし、歴代の賢者様たちが部屋と部屋を直接繋げてしまったので階段や“本当の廊下”は何処かに隠れてしまっています。何処にあるか分かっている場所が多いみたいなのですが、全く分からなくなっている場所もあるのです。
リサは窓から目を離すと部屋の扉に目を向けます。そろそろミルが部屋に来る時間です。
すると、ちょうど扉を叩く音が聞こえてきました。
「リサ、行くよ!」
「ちょっと待って!」
リサは扉に駆け寄るとぱっと開きます。
「ミル。行こう!」
「うん。」
ミルは元気に頷きます。
それを見たリサはミルの手を取って歩き始めようと足を出します。しかし、また足を戻してミルに尋ねました。
「……ミル、中庭ってどう行けばいいんだっけ。」
さて、リサとミルは朝ご飯の後に、動き易い服装に着替えて中庭に来るように言われていました。アミが新しく建てる学校の場所をリサとミルに見学してもらおうと考えたからです。
ですが、リサはその中庭が何処にあるのか知りませんでした。
そんなリサにミルはきょとんとしながら答えます。
「さあ? 誰かに聞けばいいと思うよ。」
リサは少し呆れて声を出します。
「ミル、聞いてなかったの? もう! ラクちゃんに聞きに行こう。」
自分も聞いてなかった事を棚に上げたリサは、出て右手の部屋の扉を叩きます。
ラクアの部屋はリサの部屋の隣にあります。ちなみに、ミルの部屋はリサの部屋から見て左隣です。
「ラクちゃん! ラクちゃん! 聞きたい事があるんだけど!!」
「リサ! うるさいです!!」
すると、扉が勢いよく開いてリサに当たってしまいます。
リサはそんなにうるさくしてないのにと思いながら頭を手で押さえながら目に涙を浮かべます。
「……うっ、痛いよ。ラクちゃんひどいよ!」
ですが、ラクアはいつもより低い声でリサに聞き返します。
「……そんな事より何ですか?」
実はこの時のラクアはかなり機嫌が悪かったのです。
朝ご飯の時、中庭に誘われなかったラクアはのけ者にされたと思いました。ラクアは面白くないと感じてしまったのです。それにアミの事を慕っていた事も機嫌の悪さに拍車を掛けました。ですが、リサはその事を知りません。
なので、リサはラクアに何故機嫌が悪いのか聞こうと口を開こうとします。
ですが、何か余計な事を言いそうだと思ったミルによってリサの口は押えられます。
そして、ミルが代わりにラクアに質問しました。
「……中庭へ行きたいんだけど。」
機嫌の悪さの原因を聞いた方が良いと感じたリサはミルの事をじっと睨みました。
さて、そんなリサとミルをじっと見ながらラクアは少しの間、考える素振りを見せます。
「……この先を右に曲がって、2つ目の角を左、3つ目のドアだったはずです。」
「分かったよ。ラクアエル。ありがとうね。」
機嫌が悪いラクアからすぐに離れたいミルはラクアにお礼を言うと、リサを引き摺って廊下を歩き始めました。
廊下を右に曲がり、ラクアから見えなくなるとミルはリサの口から手を離しました。
でも、手はリサのよだれでべとべとに汚れてしまいました。
「うわー! リサのよだれでべとべと。」
そして、顔を顰めたミルを見ながら、からかおうとリサはこんな事を言います。
「ミル、舐めても良いよ?」
「気持ち悪い事言わないで!!」
さて、リサとミルはそんな風に言い合いを続けながら1つ、2つ目の角を曲がります。
するとリサは首を傾げます。
「……あれ、ドアなんて無いよ?」
そして、ミルと顔を見合わせます。ラクアの言ったドアが見当たりません。リサとミルの目の前には扉も窓も無い長い廊下があるだけ。
そう。ラクアはリサとミルに嘘の道順を教えていたのです。
……
さて、それから一時間ほど立ちました。
やっと、リサとミルは元の自分たちの部屋の前に戻って来る事が出来ました。
ミルは自分の部屋の扉を発見するとへたり込みます。
「はぁ、やっと帰って来た。」
あの後、一旦部屋に戻ろうと元の道を辿っても、何故か全く知らない廊下に出てしまったのです。確かにラクアは嘘を教えましたが、本来は迷う様な場所ではありません。実はリサを怒らせようと“お城”が迷うように仕向けていたのですが、リサはその事を知りません。
でも、全部ラクアが仕向けた事だと勘違いしたリサは、ラクアの部屋の扉をどんどんと叩きます。
すると、少し怯えながらラクアが扉を開けて外に顔を出します。
「誰です……。どうしたんですか。」
扉を開けた途端、無言でリサに詰め寄られたラクアは少し怯えながら、身を引きます。
ただ、頭に血が上っているリサはそんなラクアに更に怖い顔をします。
「ねぇ、違う道教えたでしょ。」
「……違います。」
ラクアは確かに嘘を付きました。でも、何故ここまで怒っているのか理解が出来ません。いつもなら、すぐに戻ることが出来たからです。
しかし、その様子はリサの怒りに油を注ぐだけです。見かねたミルがリサに声を掛けます。
「……リサ、私達が迷っただけだと思うよ。」
ミルの言葉を無視するとリサはラクアを問い質します。
「何でこんな事したの?」
リサを怖がったラクアは俯くとポケットに入れていた無意識に“お花のお守り”に手を触れてしまいます。
さて、“お花のお守り”は花を自らの魔力で染め上げ、自分の魔力で作った魔石にそのお花を閉じ込めて作ります。そして、贈り合う相手同士でお花のお守りを合わせて魔力を流し合うのです。
お友達が居なかったラクアは、それをしてみたかったのです。
ラクアが触れたその“お花のお守り”はユアより同い年の子が来ると聞いて、今日やっと完成したリサとミルへの“お花のお守り”でした。
ですが、その行動はリサの神経を逆なでしてしまいます。
「ラクちゃん。人が怒ってるのに何触ってるの?」
イラっとしたリサはラクアの手を叩いてしまいました。
「……あっ!」
すると触れていた“お花のお守り”が手から飛んで行ってしまいます。
それに遂に我慢できなくなったラクアは、目に涙を溢れさせるとリサに構わず扉を締め、そのまま扉の前で嗚咽を漏らします。
扉から聞こえるラクアの泣き声にリサは暫く唖然としていましたが、ラクアの手から飛んで行った物に気付きます。
「……お花のお守りだ。」
近寄ってその“お花のお守り”を拾い上げると、リサの目にも涙が溢れてきます。
リサは今更ながら扉に当たった時の痛みを感じ始めます。そして、ミルもべそをかき始めます。
取り敢えず落ち着きたいと感じたリサは“お花のお守り”をワンピースのポケットに入れると、ひくひくと泣いているミルの手を引いて自分の部屋に入ります。
リサは窓から外に目を向けました。
「……雨が降り出しそう。」
リサはそうぽつりと口にすると静かに涙を流しました。
……
さて、しばらくして泣き止んだリサとミルは窓の外を見ながら、しとしとと降る雨の音に耳を傾けていました。
リサがぽつりと言葉を漏らします。
「ねぇ、ミル。ラクちゃんに悪い事しちゃった。」
ミルもその言葉に頷きます。
「……うん。」
「ラクちゃんにお花のお守り、作ろう。」
そんなリサの言葉は泣き腫れたミルの目に光を戻します。
ミルはリサに向き直ると声を掛けます。
「……よし、リサ。今から行こう。」
「えっ、雨降ってるよ。」
ぎょっとしたリサは目を窓の外に向けます。
でも、ミルは雨なんてお構いなしに言葉を続けます。
「早めに仲直りしたいなら行くべきだよ。」
「……はぁ。分かった。今から行こ。」
仕方がないと頷いたリサは立ち上がると、そっと部屋の扉を開けます。
リサはまだラクアと会う事が気まずいのです。
でも、まだラクアは部屋にいる様です。部屋の扉からは、今もすすり泣く音が聞こえてきました。
さて、リサとミルはエルリルの街の外の森に行こうと、何時もの様にロビーに出る道を辿ると、何故か目の前に森が現れました。
驚いて固まっていた二人の耳に誰かの声が聞こえてきました。
「……あっ、ミルちゃんとリサちゃんだ! ごめんね。ここへの行き方言うの、忘れてたの。」
それは雨が降る謎の森から現れたアミの声でした。
何故森からアミが出てきたのか不思議に思ったリサですが、丁度良いと思ってラクアの“お花のお守り”をポケットから取り出します。
「アミお姉ちゃん。これ、ラクちゃんに渡してくれる? ラクちゃんが落としたんだ。」
「えっ! 花のお守りかな。分かったよ。私が帰って来るまで、濡れないようにここで待っててね。」
さて、雨の中に居たにも関わらず全く濡れてない様子のアミは、二人にそう言うと城の中に消えていきました。
さて、リサはアミの事について、ミルに聞いてみます。
「そう言えば、なんでアミお姉ちゃんがこんな所にいるの。」
「ここが中庭って事だよ。」
そう。ここは賢者のお城の“賢者の森”。朝にアミが言っていた中庭の事です。
アミには少し気の毒ですが、リサはその事はすっかり忘れていました。
リサは森に目を向けるとぽつりと口にします。
「お花が咲いてればいいね。」
こうして、リサとミルは一緒に雨の森に入ったのです。これが賢者への試練だと気付かずに。
……
さて、それからしばらくして、雨に濡れながら森を歩く、泥で汚れた二人の姿がありました。
「ミル、花咲いてないね。」
「ねぇ。」
リサとミルは一時間以上森を彷徨っているのですが一向にお花を見つける事が出来ません。
そもそも雨の中咲いている花なんてあるのだろうかと疑問に思いながら、それを口にするとミルに怒られそうだと思ったリサは別の話題を口にします。
「……道に迷ったのって私達のせいなのかな?」
「多分ね。大体、間違った道だったとしても、リサがあんなに怒るのはおかしいよ。」
「はぁ。だよね。」
「そうそう。…………あっ!!」
すると、突然ミルが声をあげます。
驚いたリサがミルの見ている方を向くと、木の上に白いランみたいな花が数輪咲いているのが目に入ります。
「……ねぇ、あれって取れるかな? リサって木のぼり得意だよね?」
ミルにそんな事を言われたリサは雨だと危険だと嫌がりましたが、ミルにリサが原因だと脅されて、お花を取って来る事になってしまいました。
リサはミルがじっと眺める中、木に手を掛けて足を幹に引っ掛けます。でも、雨の所為か気を抜くとすぐに滑りそうです。
「……これ凄い怖いんだけど。」
「大丈夫だって。ほら、早く。」
そんなリサを何処か他人事なミルが下から応援します。
「はぁ。さっさとお花取ってこよっと。」
リサはミルの声を無視して木を登っていきます。
たまに足を滑らしてヒヤリとしながら、すぐにお花の生えた枝の根元に辿り着きます。そして少しそこで休憩すると、枝を抱える様に手と足を回して、するすると目的のお花の所まで進みました。
「ミル。今から落とすから受け取って!」
「分かった!!」
リサは枝から手を放して身を起こすと、お花の根も含めて丁寧に剥ぎ取っていきます。丁度3つの株があったので、全部回収しました。
さて、お花を回収し終えたリサはすぐに木から飛び降りるとすぐに地面に蹲ります。雨の中の木登りはリサの体力を大分すり減らしたのです。
さて、そんなリサを横目にミルはリサが回収したお花を観察します。
「……リサ、しばらく動けなさそう。試しにこの花に魔力込めてみようかな?」
すると、息を吐く間もなく蹲って休憩しているリサの耳にミルの声が聞こえてきました。
「……ちょっと、リサ。来てみて。」
あまりに疲れていたリサはミルを無視します。
そんなリサをじれったく感じたミルは、リサの目の前に“染まった”お花のお守りを差し出しました。
「これ見てみて。私の魔力で染まってるよね。」
それを見たリサは飛び起きて、目を丸くしながらミルに言葉を返します。
「えっ、本当に染ってる、なんで。私達が作った時は1ヶ月掛かったのに。」
「でも私達、自分の魔石持ち歩いてるよね。お花のお守りすぐ作れるよ。」
これは私達の日頃の行いが良いからかも。リサはそんな事を思いながらにっこりと笑みを浮かべました。
さて、リサとミルはお詫びの“お花のお守り”を手に入れて何となく心が軽くなりました。
その上、いつの間にか雨が上がり空を見上げれば太陽が顔を覗かています。
だからでしょうか、リサは鼻歌を歌いながらスキップをしながら森の帰り道を辿っていました。ミルもそんなリサを笑顔で後に付いて行きます。
そんな時、リサとミルは森の中でラクアにばったりと会ってしまったのです。
突然、目の前に現れたラクアにぎょっとしたリサは鼻歌を止めて足を止めます。
「……えっと、ラクちゃん。なんでこんな所に居るの。」
さて、ラクアはアミが部屋に持って来たお守りを見て何も考えずに飛び出したのです。どう答えたら良いか分からずに涙目になってしまいます。
涙目になったラクアにリサもどうして良いか分からなかったので、リサはラクアの手に先程作った“お花のお守り”を押し付けます。
「ラクちゃん、コレあげる。ミルの分もあるよ。」
すると、ぼんやりとした目で手を見たラクアは、涙を目から零します。
「これぇ、おまもぉりでぇすか。」
「う、うん。」
リサが頷くとラクアは自分のお守りを取り出します。
「これぇね、りぃさとみるぅに、ひっく、作ったの。」
すると、リサの目にも涙が浮かびます。
「ごめんね。私達が迷ったの八つ当たりして、私達の為に作ってくれぇるいいこなのに。」
リサとラクアはぎゅっと抱き合います。そして、ミルも泣きながら二人を抱きしめます。
三人は気が済むまで抱き合って泣いたのでした。
§5 雨の日の終わり
リサ、ミル、ラクアの3人はラクアを中心に一緒のベットで寝ていました。
さて、森を出たリサ達を待っていたのは鬼の如きリサ達のお母様達でした。
泥だらけのまま長い間お説教されたリサ達は、その後にお風呂に入れられご飯抜きで布団に放り込まれたのです。
さて、お腹空いて眠れないリサは隣から音に気付いて薄目を開けてみます。
……えっ。
ラクアがミルに覆いかぶさっている事にリサは驚いてしまいます。
でも、すぐにリサの方に顔を動かしたので、リサはすぐに目をしっかり閉めます。
そして、気配が近付いてきます。
そして、頬に何か柔らかい物が押し付けられたのです。
ラクアにキスされたとすぐに気付いたリサは、頭の中がキスで一杯になってしまいます。
そんな内心混乱しているリサの耳にラクアの声が響いてきます。
「リサ、ありがとう。……私の初めての友達よ。」
リサはまた頬にキスを感じるとラクアの気配が遠のいていきます。
リサは頭の中がキスで一杯になりながらもゆっくりと眠りに落ちていったのでした。
§6 また賢者さま達のお茶会
マリエルはソファに座り紅茶を啜りながらため息を吐きます。
「今日は大変だったな。」
今日は他にはアミとユアの二人だけ。
疲れた顔をしたマリエルにユアが声を掛けます。
「別に良いではないですか。お姉様の姪が“賢者の森の試練”を通過したんですから。」
“賢者の森の試練”
かつて、賢者が純粋な力で選ばれていた頃に行われた賢者候補を選出する為の試練の一つ。それは春から夏に移り変わる頃、雨が3日続き翌日も雨なら行われました。賢者の森の何処かに咲いている“雨降りの花”を見つけ自分の魔力の色に変える事。試練の最中は森に認められた挑戦者以外中庭から締め出されます。
そう。リサ達が見つけた真っ白なランは“雨降りの花”。彼女たちは賢者候補としての一歩を踏み出したのです。
ただ、色々と頭の痛い事が積み重なったマリエルはもう一度ため息を吐きます。
「……全く、動くのは私だと思って。自分の娘だろ。」
「マリエルさん、遂に私も弟子を育てられそうです。」
そんなマリエルの様子を無視して、アミは興奮しながら言葉を漏らします。
マリエルもそれを無視して目を閉じます。
今日起きた不思議な森の出来事。
実は、ノアの姫君の来訪がもう一週間後に迫っており、マリエルも大変な時期に起こってしまったのです。
マリエルは深くため息を吐くと、アミとユアを無視して後始末の為の書類を手に取り目を通し始めたのでした。