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二人は朝から教会に来ていた。
教会は立派な造りをしており、子供達が井戸から水を汲み教会の窓を拭いたり、庭を掃いたりしている一方、教会の扉の前には十字架らしき物を見につけた人たちが並んでいた。
楓達は列に並び待っていると教会の鐘の音がけたたましく鳴り響く。
鐘の音に耳にした子供達が教会の扉を開放し、並んでいた人たちが少しづつ入っていくので楓達も続く。
教会の奥には女神像があり、先に入った人たちはその像に向けて祈りを捧げている。
ほへーあの女の人がこの教会の神さまなんだね、私が会った神さまとは違うみたい。
教会の中を見回しているとシスターが楓達の下へ歩いてくる。
「ようこそ、聖セラフィス教ダスクモルゲン支部へ今日は何の御用でしょうか?」
シスターは人の良い笑みを浮かべ話しかけてくる。
「おはようございます。今日は神聖魔法の教えを請いに来ました」
「分かりましたわ。ですがその前に恵まれぬ子供達の為にも寄付金を頂く慣わしとなっております」
楓はアリシアに事前に聞いていたので事前に用意していたお金を出す。
「はい、承知しております。二人合わせて銀貨4枚でお願いします」
アリシアに教えられた情報を思い出しながらシスターにお金を渡す。
神聖魔法は教会にて一月に一回習うことができる。なお二回以上は徒労に終わるのでオススメしない。
それと勿論、神聖魔法の才能が無いものが習っても無駄で終わる。
そして神聖魔法を習うとその者のレベルや才能により光魔法を覚えるらしい。
だがレベルや才能だけでは無いのが最近の研究で判明している。
――――――――それは寄付金の額だ。―――――――――
とある平民が銅貨500枚を寄付しても何も収穫が無かったが、翌月に銀貨1枚を寄付したところヒールを覚えたというのだ。
このような例がちらほらあり、それにより教会が不正を働いているのではと疑惑が出ているほどだ。
その疑惑に教会は、もしそれが本当ならば光明の神セラフィス様のお導きによるものだと主張し、さらに人々の不安を募らせる結果となった。
その噂を魔術学院が調べた結果、どうやら寄付金の額が高ければ高いほど魔法を覚える確立が増していき噂は本当だと判明したのである。
それを聞いた一部の住民が暴徒と化し、教会に押し寄せたのが10年前の出来事である。
今は落ち着いているが、何時また住民が暴徒と化すか分からない現状らしい。
今の寄付金の平均額は銅貨500枚~銀貨2枚が相場らしいが、年々寄付する金額は上昇の一途を辿っている。そんな背景の中、無理に高いお金を払う必要はないだろうと相場の銀貨2枚、二人合わせて銀貨4枚でいいはず。シスターはお金を受け取とると教会の奥にある女神像の前まで歩き、楓達はついて行く。
「さあセラフィス様に祈りを捧げて下さい……」
言うや否やアリシアとシスターが女神像の前で地面に膝をつき祈りだした。
楓も見よう見真似で膝をついて目を瞑り祈ってみる。
ところで何を祈ればいいの? 家内安全? 無病息災?
楓は良く分からなかったのでとりあえず神社に御参りするように祈る事にする。
神さまどうか、強敵も一瞬で倒せるような凄い魔法を授けてください!!
楓が祈っていると頭の中に言葉が思い浮かんでくる。
『ライト』、『フォトン』
なんか覚えた気がするがこれで良かったのだろうか……
楓が祈った時間は1分に満たない。暇になった楓は目を開けアリシアとシスターに目を向けると二人は未だ目を瞑り祈っているので、楓は再び目を瞑り祈る姿勢で二人が祈り終えるのを待つ事にした。
うう……いつまでこうしていればいいんだ……
楓が痺れを切らし始めた頃、ようやくシスターが立ち上がったので楓も立ち上がることにする。
これで終わりなのね!! やったー!
二人が立ち上がったのが分かったのか、アリシアはゆっくり目を開け立ち上がる。
「どうです? セラフィス様の息吹が貴女方にも感じられた事でしょう……」
楓とアリシアの二人が立ち上がったの見て、シスターは満足気に言い放つ。
「ええ、セラフィス様の偉大さを実感しました」
息吹は分からなかったが、祈るだけで魔法を覚えるなんてセラフィス様はたぶん凄い神さまなのだろう。
アリシアも同意し感慨深げに宙を見ている。
私は二つ覚えたと思うけどそういえば光魔法は他にどんな魔法があるのだろうか?
楓の返答に頷くシスターに質問をする。
「ところでセラフィス様に授けられる魔法にはどういった物があるのですか?」
「ヒールやライトは多くの方が習得されますね。実力がある神官が授けられるというフォトンやハイヒールがありますわ」
実力がある神官ですって! 私が覚えたのはそこそこ良い魔法なのかも!
「フォトンとはどんな魔法なのですか?」
「フォトンは光属性の攻撃魔法ですわ。神聖魔法の数少ない攻撃手段の一つですわね」
なるほどねー持っていて損はなさそうだ。
「フォトンとは攻撃魔法なんですね、分かりました。
それとシスターさんは珍しい神聖魔法を習得された方を知っていますか」
私が希望する一瞬で大量の魔物が死に絶える魔法があったら浪漫だよね。
「珍しい神聖魔法ですか……残念ながら私は知りませんわ。ですが全ての神聖魔法を授けられたといっても過言ではないお方、聖女ルーナ様ならばご存知でしょうね」
「聖女ルーナ様?」
楓が聖女ルーナを知らない事にシスターは驚きながら説明してくれる。
「彼女は我らが神セラフィス様と言葉を交わしギフトを授けられた英雄なのですわ」
聖女ルーナの事を語るシスターは憧れている様子だった。
へーやっぱりギフト持ちはいるんだなーどんなギフトを持っているのだろう?
「ルーナ様はどんなギフトを持っているのですか?」
「ギフトは秘匿とされているので分かりませんが、町に向かうアンデットの大群を一瞬で消し去ったと聞いていますわ」
「アンデットを一瞬でですか? それは凄いですね」
ギフトは分からず仕舞いか……そういえば一度もアンデットを見たことないけどどれくらいの強さなのだろう?
「彼女はまさしく英雄ですわ。私も一度お会いしてみたいものです」
「私もぜひ会ってみたいです。ところで噂のルーナ様にあるギフト同様に私にもギフトが有るか調べてもらえませんか?」
「ギフトをですか?宜しいですわよ。少し待っていて下さいませ」
シスターが女神像の後ろにある扉に入っていった。
今まで黙っていたアリシアに楓は話しかける。
「アリシアは魔法覚えた? 私は覚えたよ」
「魔法は覚えた……楓はルーナの事が気になるの?」
アリシアは首をかしげ楓に聞いてくる。
「あれ? アリシアはルーナ様の事知っているの?」
英雄と言うぐらいならアリシアが知っていても可笑しくない。
「噂でしか知らない」
アリシアは素っ気なく答える。
「アリシアが話してくれたギフト持ちがいるならどんな人なのか興味があるだけだよ」
一瞬で消し去る魔法とか持ってるみたいだしぜひ遠くから見てみたい。
「良かった……」
なにが良かったのか良く分からないが、アリシアが納得したなら何よりだ。
アリシアが服の裾を掴んでくるのが気になったがシスターが箱を両手で持ち戻ってきた。
シスターが箱から水晶を取り出し楓の前に水晶を差し出す。
「さあ、水晶に手を置いてください」
楓は水晶に手を置くがこれといった変化が無く終わった。
「残念ながらギフトはありませんわ、貴方もやります?」
シスターは首を振り、水晶をアリシアのほうに向け勧めるがアリシアは断った。
「いいえ、私はやらない」
「分かりましたわ。他に御用はありますか?」
シスターが水晶を箱に戻しながら聞いてくる。
気配感知はギフトではないのだろうか? でも魔法は覚えたし収穫はあったよね。
「特に無いです。今日はありがとうございました」
「ありがとう」
二人はシスターにお礼を言う。
「教会は貴方達を何時でも歓迎いたしますわ、貴女方にセラフィス様の加護が有らんことを!」
シスターに見送られ教会の外に出ると庭で子供達が遊んでいる。
楽しげな声を背に楓とアリシアは新しい魔法を町の外に出て魔物で試すことにした。
「アリシアが覚えた魔法を教えて、私は『ライト』と『フォトン』を覚えたよ」
町からそこそこ離れた静かな森の中、楓はアリシアに覚えた魔法を聞く。
「私は『フォトン』、『ソメイユ』、『アンチドート』を覚えた」
「アリシアは三つも覚えたの?凄いね!」
アリシアは照れながら顔を俯かせ、ぽつりぽつりと喋る。
「凄く……無い……楓はもっと凄い……」
「なら私とアリシア、二人共凄いでいいじゃない?
もっと腕を磨いたらSランク冒険者にもなれるかもね」
「楓ならなれる」
アリシアは確信するように言う。
「アリシアもなれるよ」
アリシアは後衛だからレベルと実技を積んだらそれなりに有名になるのではと踏んでいる。
もっとも楓は冒険者界隈に詳しくないので当てずっぽうで言っているのだが。
それにしてもソメイユとアンチドートかーどんな魔法なんだろう?
シスターに聞いておけば良かったかな、
まあ魔物にかけてみれば分かるよね。
「さっそく新しい魔法を試してみようよ、アリシア。
あの魔物に魔法を打ってみて、もし向かってきても私が倒すよ」
この森で一番弱い魔物と思われる蝙蝠を指で差す。
「分かった……ソメイユ」
アリシアが放った魔法は木に止まっている蝙蝠に当たり、蝙蝠はがさがさと音を立て抵抗する事なく真っ逆さまに地面に落下していく。
二人は落下した蝙蝠に注視すると、受身も取れずに地面に直撃した蝙蝠は体制を建て直しアリシアの方に牙を光らせ襲ってきた。
楓は庇う様にアリシアの前に立ち、蝙蝠を叩き斬ると蝙蝠は真っ二つになり動かなくなった。
攻撃魔法ではないね、状態以上系かな?
楓は死んだ蝙蝠から羽を切り取りながら考える。
「うーん……いまいち分からなかったから今度は別の魔物でもう一度お願いしてもいい?」
「分かった」
アリシアは気にする事なく了承する。
楓の気配感知に引っかかった生物の方に歩いていくと1匹の猪がごそごそと草を食べていた。
今度は猪で試してみるようアリシアにジェスチャーする。
意図が分かったアリシアが魔法を唱える。
「ソメイユ」
魔法が掛かった猪は倒れて動かなくなる。
近づいてよく見ると呼吸をしておりどうやら寝ているみたいだ。
楓は寝ている猪を軽く突っついて見るが起きない。
「なるほど。ソメイユは睡眠効果があるんだね。蝙蝠が動いたのは地面に落下した時の衝撃からかな?」
今はすやすや眠っているが、この猪もおそらく痛みを与えれば起きるのだろう。
「アリシア今度はもう一つの魔法を猪に試してみて」
「うん……アンチドート」
すると猪は起きて近くにいた楓に突進して来るが、楓は手で角を掴み容易に受け止める。
「楓!!」
後ろからアリシアが焦るような声が聞こえてきたので楓は無事だと後ろに向かって言う。
いまの所この森の魔物は楓の脅威になる者がいなかったので楓には余裕があった。
それに名前からして解毒系かなと思っていたので猪が起きて襲ってくるのは予想の範疇だったのである。
解毒系ならこれも解けるよね。
楓は思いつき間近にいる猪にポイズンを唱える。
毒に掛かったことにより猪が悶え苦しみさらに暴れようとする。
「アリシアそこにいると危ないよ、少し離れて。それともう一度お願い」
楓を心配して駆け寄って来たアリシアに離れる様に言い、もう一度お願いする。
「アンチドート」
楓が無事だと安心したアリシアは少し距離をとり猪に魔法を唱える。
魔法がかかると猪が苦しまなくなったので、猪に礼を言って魔法で止めを差した。
おそらくアンチドートは解毒系で睡眠と毒に効果があるんだね。
過信は禁物だけどこれで毒に掛かっても平気だね!
余談だが楓は一度だけ毒に掛かった事がある。
まだステータスが低い頃に平原にて芋虫に毒液をかけられたのだ。
その時の焦り様は凄まじかったが今となっては良い思い出だと楓は思う。
あの時はヒールを定期的に唱えてたらいつの間にかに直っていたんだよね、いや~あの時死ななくて良かったよ。
猪の死体はどうしよう? 食べたらきっと美味しいよね。
だが治したとはいえ毒をかけた猪を食べるのは、少し前に狼を毒殺していた楓には抵抗があるので素材だけとって放置することにした。
「私が毒にかかったらその時は宜しくね」
「分かってる……楓を死なせたりしない」
「うん、私もアリシアを死なせたりさせないよ」
他人の生死には興味ないけど知り合いとなるなら別だ。
まだ知り合って日が浅いアリシアだが死んでほしくない。
「楓……!! 楓は死んだりしないで……」
アリシアは顔を赤くし楓に抱きつく、抱き付いてきたアリシアは少し震えていた。
楓はアリシアを抱きとめアリシアの気が済むまで二人はそのままでいた。