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楓がコンドルの死体を持ち帰りギルドはちょっとした騒ぎとなっていた。
ざわざわとこちらを時々見て、楓の噂をしているであろう冒険者を背にして。楓はギルドのカウンターに立っていた。
ぐぬぬ、分かっていたがかなり目立っている。早くギルドのお姉さんに換金してくれと内心思うが、お姉さんは興奮した様子であのコンドルの事を喋っている。
なんでもあのコンドルは北にある山麓を根城にしていて人、魔物問わず襲いかかり犠牲者は結構な数らしい、そこで数々の冒険者が挑んでいったが誰一人帰って来なかったそうな。
それをレベル1の冒険者が倒して持ち帰って来たというから大変な事になる。
凄い事なんですよ! と言うが楓には全然凄い事に思えなかった。
そりゃあ草原にいた魔物よりは強かったけど、今思い出すと酸らしきものを吐いてきただけだし、名のある冒険者なら容易に倒せたと思う。また倒せと言われたら謹んでお断りするけどね。
楓は弱っているコンドルと残骸となった馬車を見つけて、何とかしなくてはと我武者羅に戦っていたら勝てた、怪我は治療したが疲労がまだ残っているので早く宿で休みたいとお姉さんを急かす。
「あ、そうですよね、私ったらごめんなさい。報酬金額はケルルトスの素材と合わせて金貨15枚になります」
お姉さんは察した様子で口早に報酬金額を伝えた。
わー初めての金貨だ。
でも金貨なんて持っていたら強盗に会いそうなので振込みにしておく。
「報酬は振り込んでおいてください」
「畏まりました、それとカードの更新もしておきますか?
ケルルトスを倒したとなればレベルも上がったのと思いますよ」
「いえ、せっかくですが遠慮しておきます。
連れを待たせておりますのでこの辺でお暇させてもらいます」
ギルドのお姉さんの申し出を断り別れを告げ宿に向かう。
レベルか……私の感が当たっていればレベルは上がっていない。
楓は今まで草原にいた魔物を片っ端から倒してきたが、楓のレベルは上がらずレベル1のままだからだ。
ギルドのお姉さん曰くレベルとは自身の実力を示すもので、レベルが上がれば上がるほどより力が増していき高レベルほど力のある冒険者なのだ。
レベルを上げるにはより強い魔物と戦い修練を積むしかない。
しかし、セルホト周辺には比較的弱い魔物しかいないのでレベルは途中で伸び悩み大半の冒険者はレベルが上がったらセルホトを離れていくそうだ。
故にセルホトは冒険者の登竜門みたいなもので初心者が大半を占める。
レベルが上がってないのが分かれば、私がコンドルを倒したのではないと疑われる可能性がある。
妙な疑惑を持たれるのは避けるべきだ。
それに今は別の問題もあることだし、これ以上問題が増えれば楓の頭がパンクしてしまう。
楓は宿の扉を軽くノックしてから開ける。
中には年は十代後半、ブロンドの髪をたゆらせ整った容姿の少女アリシアが椅子に座っている。
楓に気づいたアリシアはうっすら笑みを浮かべる。
「楓、おかえり」
「ただいま」
楓は部屋に入ると荷物を隅に置き、アリシアの正面にある椅子を引いて座る。
さて問題のアリシアだ。あの後有耶無耶にして宿に置いてきてしまったが、貴方といたいってどういうことなんだろうか? 新手の美人局かもしれない……
「アリシアさんはこれからどうしたいの?」
「楓についていきたい、駄目?」
アリシアは少し首を傾ける。
「駄目だよ。どうしてついて来たいの?」
私は見知らぬ人を旅に連れて歩きたくない。
それに見知らぬ人について行こうなんて危ないことなんだぞ。
楓が乗り気では無いこと察したアリシアは自分の首元にある首輪を掴み目を俯かせる。
「私は主人がいない奴隷なの」
奴隷! 奴隷ってたぶん犯罪者や人攫いによって奴隷になるんだよね?
アリシアは後者だろうけど……ん?待てよ、ってことはあの馬車に主人が乗っていたのか!
それで死んだなら奴隷から開放されたんじゃないの?
「私、奴隷に関して詳しくないから分からないけど、主人がいないならその首輪はずして普通に生きればいいんじゃないの?」
「主人がいない奴隷は誰に何をされても罪にならない、だけど主人がいる奴隷に危害を加えると罪に問われる。そしてこの首輪は魔道具を使って出来ていて特別な道具が無いと外せない。首輪を外すには保証金が必要になる」
つまり奴隷から開放されるには主人がいてなおかつ金を払う必要があるってこと?
たぶんアリシアは私を使って奴隷身分から脱出したいって事だね。
「ちなみに首輪を外すお金どれくらいかかるの?」
「それは分からない、けどかなりかかると思う」
具体的な金額を言ったら詐欺の可能性も疑わないといけないが、分からないとなると困る。
「アリシアさん正直に言ってね、私に何をさせたいの?」
「楓には私の主人になってほしい、それ以外は望まない」
アリシアは楓を真っ直ぐ見つめる。
嘘偽りはなさそうだがほいほい奴隷になるなんて大丈夫なのだろうか?
「仮に私が主人になって、私がアリシアさんにとって嫌な事を命令しても従うの?」
「楓が望むなら私は何でもする。それに奴隷は首輪がある限り逆らえない」
いやいやあかんでしょ、なんて事言うんだ。それとも私が人畜無害に思われているのか。
「逆えないって痛みを感じたりするの?」
アリシアは頷く。
「逆らえば首輪を通して痛めつけたり殺すことができる」
殺生すら握られている、奴隷って大変だなと他人事ながら思う。
正直アリシアを私の奴隷にするメリットはこの世界の常識が分かる、話相手になってくれるくらいだが、これも何かの巡り合わせなのだろう。寝首をかかれないならしばらくの間は一緒に行動してもいいかもしれない。
「分かった。アリシアさん、いやアリシアの主人になるよ。但し条件があります、貴方は私と同じ冒険者となり魔物を倒してお金を稼ぎそのお金を首輪を外す代金とします。首輪がはずれたその時点で私とアリシアの奴隷契約は無効とします」
アリシアだって好き好んで奴隷をやっている訳ではないはずだ、首輪を外す代金は分からないが私がこの世界に慣れたぐらいにはアリシアの首輪の代金も貯まっているだろうし足りなかったら私が払ってもいい。私はこれからアリシアを利用するし、アリシアは私を利用すればいいと思うよ。
「楓はそれでいいの?」
アリシアは目を見開き戸惑いが隠せないようだ。
「いいよ、これからよろしくね」
アリシアに手を差し伸べるとおずおずとアリシアは楓の手を握る。
手を繋ぎ互いを見つめ会うこと数分。楓は段々と恥ずかしくなりそれを誤魔化すように手を離した。
「それで主人になるには何をすればいいの?」
「この首輪に楓の血液を入れれば主人になる」
アリシアは首輪を見えやすいように髪を後ろに回して、首輪を見せる。
首輪をよく見ると青い印が付いており、そこに一定の血液を注ぎこめば青い印が赤くかわり、主人になるらしい。自分を傷つけるなんて怖いがやるしかない。
楓は震えながら指にナイフを当て、そっと引くとうっすらと血が滲む。
アリシアの首輪に血をつけると青い印が徐々に赤く変わっていく。
やがて完全に印が赤くなり奴隷契約は成立した。
青い印は主人がいない奴隷で赤い印が主人がいる奴隷。
なら私が死ねばこの首輪はまた青い印に戻るのだろうか?
馬車でアリシアの主人は死んでるはずだ、気まずいが聞いておこう。
「アリシアのご主人はお亡くなりになられたんだよね……その時に青い印に戻ったの?」
「私は奴隷商人と一緒に主人となる男の元に行く途中であの魔物に襲われた。だから楓が始めての人」
アリシアが淡々と語っていく。
コンドルに襲われてた人達は奴隷商人と売られていく奴隷達だったらしい。
ふーん。
楓はそれを聞いても別になんとも思わなかった。
楓が逃げずに戦っていれば死なずに済んだ人がいるかもしれないがそれがどうしたって言うんだ。
この世界の命はとても軽い。
草原で人が死んでるのを見たことがあるし、町ですら人が強盗やらリンチやらに合って死んでいる。
楓だっていつ死んでも可笑しくない、他人の心配なんてしていられない。
アリシアは他人だけど、うーん……ご縁って奴?
とにかく首輪の事で一度奴隷商人と話をしなければならなさそうだ。
奴隷商人っていかにも悪人だろうし、嫌だな~。
この町で見かけなかったけど何処にいるんだろう?
スラムとか路地裏とか? スラムなんていかにも犯罪者が屯する場所じゃない!
今の私が行ったら目に見えて犯罪に巻き込まれるって分かる。
うん、奴隷商人と合うのはもう少し強くなったらだね!
今後の事を話し合おうとしたがアリシアは眠そうに船を漕いでいたので、話しは明日にして就寝する。
そこで楓は思い出す、この部屋にはベットが一つしか無いことに。
仕方ない、今日は一緒に寝るしかないか……ベットに潜りアリシアを手招きする。
するとアリシアは首を傾げ、何かを思案するがやがて緊張した面持ちで楓を見つめてくる。
来ないのかと再度手招きするとアリシアはやがて決心した様に椅子から立ち上がり服を脱ぎだした。
アリシアは服を脱がなきゃ寝れないのか、あんまりジロジロ見るのは失礼だから後ろを向いてよ。
楓はアリシアのいる方向と反対の方を向き明日の予定を組み立てていく。
後ろからぱさりと服が落ちる音が聞こえぺたぺたとこちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
毛布が捲られアリシアが入ってきた矢先にアリシアは楓に抱きつき耳元で囁く。
「楓、私初めてだから分からないけど頑張る」
言うや否やアリシアは楓の首にキスをした。
なになに?! なんなの!
いきなり襲われたことに驚いた楓は抱き付いてるアリシアを引き剥がし、アリシアと距離をとり向かいあう。
下着姿のアリシアがきょとんとして楓を見ている。
「アリシア何か勘違いしてない?
私が手招きしたのは一緒に寝るためであってごにょごにょの為にじゃないよ!」
「そうだったの?」
「そうに決まってるじゃん! 大体女の子同士でどうやるってのさ?」
「抱きついてキスをする?」
アリシアは指を顎に当て思案する。
「いやいや、何か違う気がするぞ」
「楓は知っているの?」
「知るわけないでしょ!」
「私も知らない、楓と一緒」
アリシアにそうだね~なんて暢気に言ってる場合じゃない、一歩間違えればこの子痴女だぞ。
「アリシアは自分の体をもっと大事にした方がいいと思う、それに私はアリシアをそういう風には見ていない」
「そうなの?」
「そうなんです!」
「わかった」
アリシアが頷いたので楓は毛布をかけベットに横たわると、アリシアも同じように横たわった。
「アリシアも疲れてるでしょ? もう寝ようよ」
有無を言わさず楓は備え付けされているランプを消すと辺りは暗闇に包まれる。
「うん、おやすみ楓」
「おやすみ」
アリシアは疲れが溜まっていたらしくすぐに寝息が聞こえてきた、楓はそれに釣られる様に眠りにつく。