28
楓とアリシアはステラと別れた後、領主の部屋へ向かう。領主の部屋に近づけば近づくほど警備が厳重になっていく。
巡回する兵士やメイドをアリシアの魔法で眠らせタンスに放り込んだり、手足を縛り布を口に詰め込んで茂みに放置したりしているが見つかるのも時間の問題だろう。これで罪人になったらルイスを怨む。
楓は憂いながら領主の部屋へ進んでいくとふと背後から気配がした。すぐさま振り返りながらナイフを取り出す。
「おっと過激だな……猫のお嬢さんはどうしたんだ?」
楓にナイフを突きつけても、ルイスは相変わらず飄々としていた。
ナイフを降ろしてルイスに向き直る。
「ルイスさんでしたか……。ステラは人質と共に脱出しています」
「そいつは上出来だ、でかしたな」
「ルイスさんは今まで何をしていたんですか?」
口笛を吹いて、まるで他人事かのように語るルイスに楓は少し怒りながら聞く。
「おや? 俺に興味があるのかい? 嬉しいねぇ……」
「いえ、状況を把握しておきたいだけです」
「あっははは、分かっているさ。ちょっとこれを拝借していたのさ」
ルイスが取り出したのは悪趣味な成金の飾り付けがされた鍵だった。
「それ何処の鍵ですか?」
「領主の部屋の鍵さ」
なるほど。わざわざ専用の鍵を作るところに領主の慎重さが伺える。
しかし、屋敷も悪趣味だと思ったけど、鍵まで悪趣味だとはね。
鍵が無かったら、そんな厳重な扉を壊して入る事になっただろうな。楓は納得した。
「警備が厳重になってきましたけど、この奥に領主がいるのでしょうか?」
「ああ、確実にいるな。今は寝ているだろうがアランの方は分からん」
「アランって人も寝てるといいですね」
「ああ、全くだ」
楓とルイスが扉の前に立っている兵士を廊下の曲がり、角から見ながら会話をしているとアリシアが兵士に睡眠魔法を唱える。
眠っている兵士の横を通り過ぎ、扉を開けると広々とした部屋になっており奥に続く扉がある。
扉の上にはでかでかと男の肖像画が描かれている。絵の男は髭を生やした50代前半といったところだ。
「もしかしてあれがここの領主ですか?」
「ふん……そんな事もしらないで此処に来たのか?」
楓がルイスに聞くと思わぬ方向から返答が返って来た。
気配察知に引っかからなかった……!
慌てて楓が声の方へ顔を向けると見知らぬ男が立っていた。その青年は二十代後半といったところか。
黒髪で整った顔立ちをしており楓達を冷酷な眼差しで見つめていた。
「全く寝ていてくれればいいものを……あれがアランだ」
ルイスは嫌そうにアランを見ながら言う。
ふーん、あの人がアラン……。元Aランク冒険者。もっと悪そうな人相を想像していた。
楓はアランをジッと見つめているとアランがこっちを見てきた。
「ルイス、貴様も人が悪い。この女なら俺に勝てるとでも思ったのか?」
楓を鼻で笑った後、アランはルイスへと目を向ける。
えー知り合いだったのー!!
思わず楓がルイスを見る。ルイスはアランから目を離さず皮肉げに言い放った。
「お前さんもこんなちんけな貴族の護衛をしていて落ちぶれたものだぜ?」
「俺は俺の欲が満たせれば何処でもいい」
アランは心底どうでもよさそうな様子だが、着実にこちらへと近づいてきている。
「ああ、そうかい」
ルイスは武器を構えようとしたが、楓は庇う様に前に立った。
「ルイスさん、アリシアを連れて領主の所へ行ってください」
本当は嫌だがアランの相手をする依頼でもあるので楓はルイスに先に行くよう促す。
「……頼めるか? お嬢さん死なないでくれよ?」
楓の後ろにいるので表情は分からないが、ルイスは真剣な声だった。
「勿論です。アリシアの事頼みましたよ」
「楓……私も戦う!」
アリシアが楓の腕を掴むが、それを振り払った。
「元はといえばアリシアは此処に気になる事があったんでしょ? ならそれを自分の眼で調べてきなよ。私も後から追いかけるから……」
なんだか死亡フラグを立ててる気がするが気にしない。
「楓……私は此処でどうしても調べたい事がある……だから絶対生きて追いかけてきて……!!」
「アリシアお嬢さんの事は任せな!!」
アリシアは悲痛な顔をしてルイスと共に奥の部屋へ向かっていく。
「追わないのですか?」
てっきりアランはアリシア達を追うと思っていたのだが、アランはアリシア達が奥の部屋に入っていくのを見ているだけだった。
「別に構わん。貴様を殺して追いかければいいだけだ」
アランは剣を楓に向けて宣言する。
「そうですか。なら私も貴方を倒して追いかけますね」
楓も剣を取り出しアランを睨みつけた。
お嬢さんが無事だといいのだが……。
ルイスは楓とアランが対峙しているのを最後に見てアリシアと共に領主の部屋へと向かう。
最初に領主の屋敷に乗り込むのはルイス一人でやる予定だった。領主の事を調べるのは今しかないからだ。
これは噂に過ぎないが近々、此処の領主フィランダー・コーンウェルが暗殺されるのではないかと、とある伝手から入手した。
フィランダーは怨みを買いすぎたのだ、殺されるのも必然と言えるが今は不味い。
俺はフィランダーが死ぬ前に様々の悪事を調べ上げなければならない。もし死んでしまったら真相は闇に葬り去られるだろう。
フィランダー自身も暗殺を恐れて屋敷に元Aランク冒険者のアランが護衛として雇い入れるほどだ。
アランが屋敷にいると聞いてルイスは舌打ちしたくなったがここで降りる訳にはいかない。
なんとかアランに対抗できる人物はいないか探している時に出会ったのがお嬢さんだった。
はじめは宿に泊まれないで困ってるお嬢さん達を助けるつもりで助けたのだが、その一人が今話題のもっともAランク冒険者に近いBランク冒険者の楓だった。
お嬢さんは此処数ヶ月で数々の功績を叩き出した期待の新人でAランク相当の魔物を一人で討伐し、次はミスリルゴーレムと来た。
お嬢さんは知っているだろうか? ミスリルゴーレムから出たミスリルが天井知らずなまでに値段が跳ね上がっている事を。
ミスリルを名のある商人達や鍛治士が挙って手に入れようとしており、中には巨万の富を得た者すらいる。
その業界で楓の名前を知らぬ者はいないほどだ。
そしてリスタテルクにてキラービー討伐に一番活躍したと言われている。そしてあの高慢ちきのベアトリス負かしたとの噂すらある。
ではこの短期間でそこまでの功績を叩き出した楓の人柄はどのような人物であろうか?
Aランク冒険者のラグナと情報交換をしている時にたまたま楓の人柄を聞いた事を思い出す。
「彼女変わった所があるけど悪い子では無いと思うよ」
ラグナは笑いながら楓の事を語る。
「俺が見た時は悪事はしてなかったよ? 正義感はうーん……どうだろう? 最初は連れていなかったのにいきなり奴隷の女の子連れてたから困っている女の子を放っとけないとか? まあ、俺は彼女の事気に入っているよ」
ルイスはラグナと酒を飲み交わした事を思い出す。
このお嬢さんがねー、人は見た目じゃ判断できないもんだな。
だがこのお嬢さんならアランに対抗できるかもしれない。
アランに少女をぶつけるのは思うところもあるが俺は真相を調べなければならない。
お嬢さんには悪いが巻き込むことにした。
始めは難色を示していたお嬢さんだったが、奴隷のお嬢さんが乗り気だと分かると呆れながらも話に乗ってきた。
奴隷のお嬢さんが乗り気で助かったが、この奴隷のお嬢さん名前は”アリシア”か……。
それなら国王暗殺の首謀者を知りたくて仕方ないかもな。間違いなく国王を殺した毒の出所はフィランダーだ。
国王が殺された毒はマリアンヌの涙と言って解毒魔法すら効かない強力な毒で現在は入手は不可能とされている。
おそらくまだフィランダーの屋敷にマリアンヌの涙はまだあるはずだ。
奴隷のお嬢さんの為にも何か成果が残るといいんだがな。
ルイスは楓達が去ったテーブルでワインを飲み干し、部屋に戻っていく。
ルイスは昨日の出来事を思い出し次にアランの事を考える。
領主の屋敷は途中までは順調に言っていたが、アランの出現によりお嬢さんと分断されてしまった。
アランは力に妄信し弱い者には全く興味が無く、女子供であろうと戸惑いも無く切り捨てる様な男だ。
お嬢さんの実力は信じているがあの男は強い。最悪お嬢さんが死ぬ可能性も考えておかなくてはならない。
ルイスは楓の事を考えながら領主の部屋まで辿りつき、鍵を開けると5人は余裕で眠れるほどの大きなベットに領主は若い奴隷の女に囲まれて裸で寝ていた。
奴隷の女が物音に気づき起き上がろうとするがすかさずアリシアが睡眠魔法を唱えるとぱたりと女は眠りに落ちる。
アリシアが領主と奴隷に睡眠魔法を掛けルイスが縛り上げていく。
「ナイスだ」
ルイスがアリシアに親指を立ててウィンクするがアリシアは興味がなさそうに一瞥すると机の書類を漁りだす。
「連れないねぇ……。そんなにお嬢さんの事が気になるかい?」
「手を動かして、楓は今も戦っている」
アリシアはルイスの方を見ずに机の書類に目を通していく。
「それもそうだな。さっさと探してお嬢さんに加勢するとしようか!!」
ルイスは長年の感で机が怪しいと踏んで机を調べていると机の裏に凸凹があった。
凹凸の出っ張っている方を押すと飾られていた絵画が動き隠し通路へと通じる道がある。
アリシアは目を見開くがすぐに無表情になりルイスに続いて隠し通路に入っていく。
ほの暗い通路の先には扉がありルイスが扉を開けると部屋の中には様々な液体が置かれている戸棚や書類の山が積み重なっていた。
やれやれ、これは探すのに一苦労しそうだぜ。無事でいてくれよお嬢さん。
ルイスは楓に心の中で話しかけると書類の山に向かっていった。




