51_終わり方から始める。
何事かを始める時、それをどのタイミングで終わらせるか?と考えるようになったら、結構、終末に近づいてきた方の思考なのではないかな?とちょっと思ってしまったゴブリンです。すっかり涼しくなってきましたねと、時候の挨拶を定番で入れてみますが、どうでしょう?地域によってはナンセンスな挨拶かもしれませんね?
同じ星の上でも、場所によっては季節がバラバラですし、常夏、常春、の地方もありそうです。そういえば、あまり常冬とか常秋とかはあまり聞きませんね?常にあるのが素晴らしい季節であるのではないか?という価値があるような、シーズンにしか、冒頭に常とはつかないということでしょうね、と予想します。
何かがいいな、と思って、習慣づけにしようとして始めた時は、どんな時にこの習慣が終わるのかな?という想像を少ししてみると、もしかすると、長続きするのかもしれませんね。朝の散歩なら、長雨が続いたら、何となくやめてしまうのではないか?とか、日記をつけるなら、ネタがなくなったら、書かなくなるのじゃないかな?とかでしょうか?もしくは3日過ぎたら、忘れるのではないかな?と、やめる要因を客観的にピックアップしておくと、いざそんなことになった時に、ああ、やめどきだけどどうしようかな?と思いとどまることができる、かもしれませんね。
体調面から、やめどきを決めるというのもありそうですね、肉体的なポテンシャルが落ちてきて、昔のように自由自在に、想像通りに体を動かすことができなくなったら、引退しよう、とか思ったりする方は多いように思いますし、実際に、体力の限界を理由に、その競技やらをお辞めになる方々も結構見受けられうように思います。
逆に生涯現役という方もいる、とは思いますが、この差は、それぞれの好みの差くらいの違いなのでしょうかね?応援してくださるファンに応えられなくなったので、とか、イメージを崩してしまうので、引退します、というパターンもありそうです。
ファンが実際にどう思っているのか?というのはちょっとよくわかりませんが、ああ、お疲れですのね、もう十分楽しませてもらいましたから、ゆっくり休んでください、と思われる時に引退するのが、美しいのかもしれません。
あれ、まだ続けていたんですね、とか言われたら、ちょっと凹んでしまうかもしれませんけど、逆に気楽に辞められるので、それはそれで良いのかもしれません。ひっそりと戦場から消えていくというシュチュエーションは、結構、いい感じだとは思うのですし、人情系のお話だと、結構あるパターンですよね?ひっそりと引退するのですが、熱心なファンとか、賛同者とか、身近で寄り添ってくださった方が、ささやかな感謝を伝えたり、労をねぎらったりしてくれて、感動させる系列の、お話とか、結構好きな方が多いように思われます。
身近なのがいいのではないか?と想像できます。ゴブリンも結構好きなジャンルですね。
寿命が尽きるのが先か、自分の定めた、ここまでやろうと思っている段階まで、進められるのか、定かではないようなものを、始めるのは、結構勇気というか、強い動因が必要になるかもしれません、軽い気持ちで始めたけど、おや?これは終わらないな、と知った時、人はどうするのでしょうかね?できるところまでいってみようと、前向きになるのでしょうか、それとも諦めて目標を下げてみるのでしょうか?
自分の寿命とか、いつまであるのかわからないという意見もありそうですが、明らかに、生き物の平均として考えた寿命の数倍とか数十倍とか必要となりそうな、時間がかかる趣味とかは、一体どうやって始めるのでしょうかね?やはり、受け継いで、やってくれる、託せる同胞がいるかどうかで決めるのでしょうか?
例えば、現存する小説を全て読み尽くすことは、すでに不可能であるわけですが、読書が趣味とかいう方は、どこまでやれば、それを止めることができるのでしょうかね?どんな時にやめるのでしょうかね?
おそらく、頭がはっきりしなくなるまでとか、お亡くなりなるまで、続けると答えられそうな気がいたします。もしくは、もう満足しました、というまででしょうか?そんな日は来るんでしょうかね、そして、来たらそれは幸せなことなんでしょうかね?と考えるとちょっと面白いです。
「結婚しても恋愛はゴールになりませんよね?」
「それよりもまずは、話しかけてみてはいかがですか、”ご主人様”?」




