40_永遠?に先延ばしされる。
時間が有限であるか無限であるかは、立場によって違うものではありますが、何かの変化につれて観測されるものが時間であるなら、それは、究極的には有限ではないかな?という意見があったなと思い出すゴブリンです。
物理的な発想で、熱量は最終的に均衡状態へと落ち着くのであるから、最後には何も変化しなくなる、というお話を昔SFで読んだことがある、記憶があります。本当でしょうかね?今はまた認識が変わっているのでしょうね。一定の説だけで全て塗りつぶされるような、そんな狭い世界ではないのではないかな?と予想できますので。
すでにアインシュタインさんも過去の人ではあるのです。その人は誰ですか?と疑問に思う方も一定数いると予想はできますし、ゴブリンの周りにも、すでにその科学者の名前を知らないという方も実際にいるようです。主に年若い方に多いような印象ですが、実測したわけではありません。
気になるようなら、調べてみていただけるとよろしいかと?SF畑では避けて通るのが難しいコンテンツを発表した方です。歴史畑でもそうでしょうね、と予想できます。
明日やろう、次に回そう、今は忙しいから、気分が乗らないから、今はまだその時ではない、時期が悪い、とかいろいろ理由を作って、本当は今やらないといけかないことを、先延ばしにしている、そんな案件、あるあるですよね。この口調はオマージュとかパロディになるかもしれませんね。
そんな風に先延ばしにすると、後々大変ですよ?という正しい意見があるということは知っているのですが、あえてそれから目をそらしていくスタイル、別に格好良いとは思いませんが、一種刹那的に生きるその状況を、ああ、私には無理かな?とか憧れる人も一定数いるような気がします。
ある意味、うん無理だからしない、というのが、潔いと捉えられているかもしれませんね。なんやかんやで、ごまかして、言葉を濁して、結局結論を出さないような、そういう展開を好む人も少ないのではないでしょうか?
決断力のある怠けもの、という人種でしょうか?この後絶対後悔することになることがわかっているのに、どうにも動きたくないというか、まあ、苦悩するのは未来の私ですから、今の私は楽しいからいいや?みたいな発想なのかもしれませんね。
ちょっと、想像すると、恐怖とか、悪寒とか物理的、体調的な不調に襲われかねないと思うのですけど?そういうことを予想したりしないのでしょうかね?しないのかもしれませんね。
それら、未来を予想するということは、訓練が必要なのでしょうね。小さな頃から、まずは、次に何が起こるのか、何かアクションを起こすと、リアクションがあるということを、本能に刷り込む形で学習して、徐々にその起点から、終点までの距離を伸ばしていくような、感じですれば良いのでしょうか?
物事の結果、そのきっかけが昔すぎて覚えていないと、練習にならないでしょうから、ちょっと大げさなくらいに日々の行動をしていくのもいいかもしれません。繰り返し繰り返し、起点と終点を提示し続けるのも、定着するために必要なのかもしれません。根気がいる作業になるか、自然に生活に組み込めるかは、これもやはり、習慣づけを育てる方もできているかどうか?ということになりますので、この辺り、学習習慣の負の連鎖とか、そのような言葉を思い出すような気がいたします。
あまりよろしくない、育成をしている”育てる方”は、やはり上手く”育てられる方”を導けないんじゃないかな?という認識ですね。結構これを信じている方は多いように思います、だから、教育が大事というのが、おそらく、社会の共通認識になっているのでしょうね。
そこで、ああ育ちが悪いからダメだ、と諦めて立ち止まって、落ち込むか、なるほど、では、育てる方から、認識を変えなければならないな、と自ら進む方向を見定めて、いろいろ試してみるか、で、色々結果が変わってくるのでしょうね。ゴブリンはそう予想しているのです。どちらが良いかどうかは、またその社会によって変わるのかもしれませんけれど。
「どうして子供は考えなしに動くのでしょうか?」
「考えて動いていますか、”ご主人様”は?」
パターンをなぞっているだけの生き方もまあ、楽ですし、ありかとは思いますが。




