33_禁じられるとやりたくなる。
するなよ、とか、やってはいけませんよ、と言われると、ちょっとやってみたくなる、そんな感覚、覚えがありませんか?無いと応えた方は、ずいぶん素直で、得難い性格だと思います。そして周囲の環境がよろしいのでしょうね。
何かを禁じられているいう状況は、その行為が危険だからということだから。という理由がまず考えられますね?単純にそれは、そうする本人に大きな不利益が降りかかる、ということもあるでしょう。または、それが所属する集団に、不利益を与えるからかもしません。
また、別の側面では、その行為が他の人物や現象に不利益をあたえる行為だからかもしれませんね。その行為がをしたものには、一時的に利益をあたえるけれども、社会全体からみれば、不利益のほうが大きい、といったたぐいのものです。
他人のものを不当に奪うとか、いわゆる窃盗とか、の行為がなどが代表的でしょうか?
自分では無い誰かの成果を、労力少なく奪い取る行為全般は基本禁止されていますね。
自分やその報酬を受け取る組織などが、努力していたとしても、その前提が禁止されていた行為あった場合、単純に努力の成果を得ることができないことがありますね。
努力の方向が間違ってるとも言えるかもしれません。結果に拘らずに、努力そのものの方に価値を求めるべきである、などど言う方も多いですが、それも場合によりけりなんでしょうね。結果的に善行になる展開もありそうですが。
どう取り繕っても、犯罪としか思えないような、反社会的行為でも、空回りした結果、なんだか良い展開になるという物語は、偶にモヤモヤした感情を抱くことがありますね。
それは、なんでこんな登場人物が、こんな幸せな結果に辿り着くんだ?という嫉妬にも似た感情ではないでしょうか?
それとも、因果応報の展開から外れていて、展開が不自然すぎて、気持ち悪いからでしょうか?奇妙なというか不安な感覚がぞわぞわするのでしょうか?
不当に利益を得ているという、不公平感もあるかもしれませんね。
その、本当は悪い事をしている、もしくはしようとしている、人物が、魅力的に表現されていないせいかも、しれません。この場合に魅力的ということは、別に本性が善人であるとか、状況による外圧によって仕方なく、という感じの、どちらかというと、免罪符的な要素が、必ずしも無ければならない、という事ではなく、生き生きと、洒脱に、飄々と、テンポよく、何事かを成す、ような、小気味好い展開なら、本人の善性やら、性格やらの設定は単独では意味がなく、あくまで周囲との関係性において、感じられる印象ではないか?と思うのですね。
外連味溢れて、悪を成そうとして、結果として、体制に反逆する、英雄とか。さみしげな、親とか、なにか温かいものから、離れてしまった、迷子のようなものの最後の希望とか。
忘れ去られた老人の、残された、または託されたロマンに、付き合ってやるよ爺さんとかいいながら、暗闇に消える、歪な男、みたいなキャラクターは、格好良いと思うのですよね。
アウトローなヒーローが、一つの大きなジャンルとして成り立っている背景には、禁じられているからこそ、それをやって見たいという、仄暗い望みを、結構多くの人たちが、その胸に抱いているのだろうかな、とゴブリンは想像するのです。
もっとも、現実の世界で、そのような暗黒面に落ちた英雄ぽいことを、目指して、行動するとかすると、だいたいにおいて、初期の段階で警官関係者のご厄介になるか、もしくは、疲れているのね、病院に行きましょう?とか言われるのがオチであるような気がいたします。
もしくは、独善的にこじれて、引き返せないようなところまで行ってしまうような人になりそうな気がいたしますね。端的に言うと犯罪者になるんじゃないでしょうか?
「それでね、彼ってば、今度新しい事業を起こすから、融資してみませんか、だって」
「”ご主人様”それはいわゆる結婚サギではないでしょうか?」
男運が悪いのではないでしょうかね?




