29_食べないという選択。
素直に食物に関する好き嫌いのお話かと、思わせておいて、恋愛のお話になっていくかもしれない今日この頃、皆様どうお過ごしですか?
ゴブリンにも同族の相方に対して、あ、いいですね、という感情はありますし、顕現している時には恋愛から結婚へと進む方々もおられますので、そういう意味では恋愛感情には少々詳しいと家ないかもしれません。まあ、ちょっと人とはずれた感性であるのは確かですが。
単純にコストの問題があるそうです。恋愛というのは、物質的、時間的なリソースがかなり必要となる、みたいですね。そのようなコストをかけるのも楽しみのうちです、と思えないと恋愛とかは成り立たないらしいですよ?
野生的な本能に根ざした、情動的な行動に従った恋愛ならば、そういう面倒なことを考えなくて、突き進むやからも出てくるようですが、どうなんでしょうね?近年そういうキャラクターははやらなくなっているようですよ?
であるから、フィクションの世界ではもてはやされているのかもしれませんね、ハーレムを作り上げることを目標に掲げる主人公の物語には、一定の需要があるようです。自分では実現が不可能であるとか、現実にそこにあるとしんどそうであるから、想像の産物として、はたで見て楽しむような、そのようなものであると考えているのでしょうかね?
もう少し進んで(後退して?)恋愛そのものに対して、自分がそのようにしている姿が想像できなくて、虚構の世界で擬似的に体験する、側で見る、ことで、安心している、という人も一定数いるのかもしれません。
恋愛というものは、とどのつまり、粘膜の接触による快楽が見せる錯覚にすぎない、とかいうような趣旨のセリフがどこかで言われていましたが、まあ、それほど間違いではないのかと?とどのつまり、種の保存をするためのプログラムのような、仕掛けではあるのだろうな、という発想は、すでに巷にあふれるばかりに言われている内容であるわけですし。
動物は快楽と出産の苦しみが連続して感じられない別のものだと、誤認しているので、快楽に溺れて、種の存続を果たす、という仕組みがあるようです。ただ、人は先を予想することができるようになってしまった、想像する力を持つ生き物になってしまったので、快楽直結の行動を取れなくなってしまったのでしょうね。それは、個々の肉体の安全度を取るという面では、良いことだとは思います。種全体でみるとちょっと危機的状況ではあるのは確かであるようには思うのですが。
種の存続という側面だけを見るなら、必要な因子を提供してもらって、人工的に次世代を作り出すようなシステムを構築するという方向性もとれるかもしれません。倫理観の大規模な転換が必要にはなりますが、そこまで、”食べることを拒否する”人が一定数増えたなら、そうせざるをえなくなる、のかもしれませんし、その流れで、作りだされる物語はすでにありそうですね。
または、そのように作られる存在が、今ある人類に成り代わって、世界を構築し直していくとか、種族が交代するとかというテーマの作品も結構多いように思われますね。
気がつかないうちに、人類が衰退しているお話もありましたね。ある意味私たちの親類である妖精さんが、今後の世界を担うようになるのかもしれません。それはそれで、寂しいものがありますが、そもそも、ゴブリンもそのまま、すうっと消えてしまいそうな気もします。
人が生み出した概念は、その種が交代しても受け継いでいっていくのでしょうか?思想とか思考とかはやはり、肉体に支配される、のかもしれませんし、そうでないのかもしれません。
逆に常にそのような思惑やら、感覚やらは変化しているのであるから、種の交代もまたその変化のうちであると、達観しているのが、いいのかもしれません。
ともあれ、”食べない”ことを多くの人が選択しても、どうにかなりそうな気がほんのりとします。気のせいかもしれませんが、未来は明るいかもしれないですね。
「実は気になる男性がいるんですが?」
「3次元のお話でしょうか?”ご主人様”」




