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2611/2614

2611_上場友情株式公開即暴落。

 大きな株を協力者ともに抜いていく物語がありましたし今でもあるわけではございますが、最初から全力で協力を仰げばあっさりと終わってしまって経済的であったのではないかという疑問に対してはそれでは盛り上がりに欠けるであろうというお話的な側面で反論がされるわけでございます、何を目的にするかで効率というものは変質するものであるという事例に相応しいかどうかは分からないわけではございますが、それはそれとしてやはり、感想といてはまどろっこしいとなる人が出るのは、これはこれで普通のことではなかろうかなとか、持って回った言い方をしつつ内容を薄めていくことで劇薬を口にすることができるのではないかなどと連想し始めているゴブリンでございます。


 どれだけ薄めても毒は毒なので迂闊に舐めないでいただきたいものでございますが、毒も転じて薬になるということもあり得るわけでございまして、この辺りの塩梅が難しいのでしょうね、あ、それはお酒です、まだ早いですね。今日も元気可愛いですな。


 情に訴えかけることは果たして正しい行動であるのかどうかということも語られるべきではなかろうかとか、個人の権利を蔑ろにしておくことで社会全体が良くなるのであるならば、これは積極的にそれを推し進めるべきではないかという意見に繋がるわけではございますが、そもそも社会は個人の集まりではないのか、その最小単位を幸せにできない構造に何の意味があるというのでありましょうか?となりそうではありまして、この辺り、集団と個の均衡やら関係性やらを考慮していかなければならないのであろうかなとか、予想するわけでございまして。


 少数の不利益を黙殺することによって多数の利益を得ることは悪であるのかどうかという話になるのではなかろうかなとか、実際のところは多数の不利益を持ってして少数の利益を確保しているという現状が見える、このことが問題なのではなかろうかとか想像するわけでございまして、なるほど真に少数を犠牲にできるのであるならばこれはかなり効率の良い社会になるのではなかろうかとか予想するわけではございますが、誰もその少数になろうとはしないわけでありまして、最初から破綻することが目に見えている構造なのではなかろうかとか予想するわけでございますが。


 そこまで長期的に利益を得ようと画策しないのであるならば、短期的に多数を犠牲にして多くの糧を得ることは普通にできるわけであり選択肢に入る人格も多いのではなかろうかなとか想像するわけでございます、自分自身の寿命まで自分自身が幸せであるならばそれで十分であるという発想、思考、思想は、それほど珍しいものではないわけでございまして、そこを脅かすような構造を構築することで、乱暴狼藉を抑えることが可能になる、のであるかなとか、実際にその方向へと動いているかなとか観察できるわけでございまして。


 富の不平等はこれは当然発生するわけでございまして、基本は運が絡んでくるわけではございますが、次代へと受け継がせる財産の量と申しますか立場と申しますか事前に貯蓄できるもしくは確立しておくことができる資源の差がそのまま、社会の均衡を崩してしまっている平等でなくしてしまっているわけでございまして、であるならば、そのあたりでどうしようもない運任せな現実を制度やら構造やらで補正してやらなければ、これは不平不満が刹那主義へと誘う原因となってしまう可能性が高いのではなかろうかとか想像するわけでございます。


 しかし自分の成果を横取りされてしまうのではなかろうかという不満はこれは発生させてはいけないもしくは軽減させなければならない感情と申しますか評価でございまして、であるならば、労働に見合った報酬は支払われなければならないとなるのでございますが、成果主義に走り過ぎるとこれはこれで、それが出ないことが確率的に避けられないけれども挑戦してもらわなければならない活動に人が発生しない労働力が集まらない、ことになりかねないわけでございまして。


 労働意欲を失わせない程度に、報酬を調整していき、最低限の保証も不平不満が生まれないように調整して配布されなければならない、そのように時流を、世相を調整していかなければならないのではなかろうかなとか、予想するわけではございますが、そもそもとしてその仕組みそのものをその社会の構成員がおおよそ納得する理解する推しはかる受け入れる程度の教育が必要になる、学習の機会とその知識経験の定着を図るような構造が必要になるのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。


 そのためにはある程度余裕を作らなくてはならず、そのためにはまず構造を改良していかなければならず、そのためには個人個人の認識を変化させなければならず、それには学習環境が必要になり、おそらくそれをなすには余裕が必要になるという、くるりくるりと巡るように少しづつ良くしていかなければならない、のだけれども、時間が足りるかどうかが分からないという、難題ではないかなとか、気楽に思考しながらおしまいです。


「情に訴えかけると同時に非情さも知らしめれるのが宗教ですね」

「ちょっとづつ頭が良くなっていくと良いのです」

「多数が幸せになれる仕組みではあるのですよ、宗教は、ですな”旦那様”

 途中で歪むことがあるのがまた難しいのでしょうな”奥様”」


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