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2097/2616

2097_かさにかける、飴玉、降る勇気。

 曇り空で傘を持ってでないのは勇気と言えるのであろうかというか、物臭であることは間違いないような気がするわけではございますが、ただただ面倒臭いから避けていることに勇気を出して取り組みましたと言われても困るというところが正し意見なのではなかろうかなとか想像するわけでございますが、結構誤魔化されている所もありそうではあるかなとかぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 実のところ必ず次も出すので片付けておかないというやり口は効率的ではあるのですが、空間が有限であるという、一点の問題が、結構致命的なのではありまして。はい、足の踏み場がないのはやりすぎだとは思うのですな。今日も元気可愛いですな。


 やらない勇気と、怠惰との違いはどの辺りにあるのかと言いますと、実のところそれほど違いはなく、それは否定的な印象に寄り過ぎているというだけの話でありまして、そもそも全てに等く資源をかけることは不可能であるからして、特定の何かを蔑ろにすることは当然の行いではあり、その度合いに過ぎないわけではありまして、それをどう見極めるのか、もしくはその見極めさえ無駄であると切り捨てるのかが骨子となる、のかもしれず。


 それが偶然によるものでしか結果が出てこないのであるならば、どれに選択集中させるかの根拠が薄く、それを選んで他を捨てた場合には、捨てられた方の行動が怠惰に見える可能性が大きくなるわけであり、根拠が必要になる、のかもしれず、そもそも、休むことを選択した結果、否定的に捉えら得てしまうことが問題ではなかろうかという話でもあるのではなかろうかとか、評価が難しいということに落ち着きそうではありますが。


 ではそれを避けるためには、そのような的外れな評価を避けるためにはどうすれば良いのかというと、一つ一つ理屈をつけて、論理的に効率的に合理的に進んでいるのであるということを、対外に向けて示す必要があるという、これはこれでとてつもなく面倒臭い行動が必要になるという、休みたいのにそのために働かなければならないという無重が生じてしまうわけであり、さらにその対応策となると、全体的にそれらを正しく評価できる学習深度に達している人員が一定数を超えていなければならないという、これはこれで、いつ達成できるのかという目標が掲げられるわけであり。


 とどのつまりそのように社会が、評価機能が正しく働くまでにどうにかこうにかして誤魔化して、時間を稼がなければならず、さらにはその評価方法を広めていかなければならないのではありますが、ではその正しさは誰がどのように設定するのであろうかというと、これもまた難しく、そもそも周囲の環境やら状況やら、そこに至るまでの歴史の結果に左右されるものであり、相対的であり絶対的ではないということでもあり。


 であるならば、できるだけ間違いが少ないような評価をする方法を構築する必要があり、その観点から立つならば、罰よりは褒章側を手厚くする方が効率的ではなかろうかなとか、ただ、闇雲に褒めるやり口は、これはあまり効果がないのではなかろうかという研究結果がどこぞで書かれていたような覚えがあったりするわけであるので、加減が必要ではあるかとも予想するわけであり。


 賞賛よりも驚愕が原動力になるのではなかろうかという話もありまして、つまる所、意外性があるということを知らしめる方が楽しいという精神性が人格に備わっているのではなかろうかなとか、びっくりさせたい、という欲があるという言い方でもよろしいかもしれませんが、そのために、学習を深めていくというやり口が成立するという可能性も高そうではございまして。


 この辺り専門的に研究されている方々の間では、どのようにびっくりすることが相手の学習意欲を向上させるのかとかの知見が収集されている可能性があるのではなかろうかなとか、怒りに近い驚愕であるよりは、好奇心が刺激され満足されるような、笑みと共にあるものが良いのか、恐怖に近い何かである方が良いのか、的確に見抜かれる方が良いのか、ただただ、どうなっているのか分からないという反応が良いのか、色々項目はありそうではありますが、条件を揃えて観察することは結構難しいのではなかろうかなとか。


 ええまあ、幼児あたりを観察対象にして、できるだけ単純な事例を積み重ねていくというやり口は王道ではあるわけでございますが、現状では、もしかすると人工知能を利用して心理学に実験を重ねていくことが可能ではなかろうかという流れもあり、そうであるならば、かなりやりやすくなるのではなかろうかなとか、あたりまで連想したところで、おしまいです。


「休み時間を神様が決めてくれて入ればそれは怠惰ではない根拠になりますね」

「客観的に肉体的な疲労から休息を求められるシステムはできそうではあるのです」

「信仰というものはそういう点で便利ではありますし、同様に不便ですな”旦那様”

 脳みそが感じる疲労はとどのつまり物理現象ではありますしな”奥様”」

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