2092_ビーダッシュビー動詞ビー連打キャンセル。
変わらないでいることの価値というものは相対的なものではあるものの伝統というものはそこにそれを見出すことに意味があるとか何とか言いそうではありまして、振り回される思惑にとってはいい迷惑と言いますか知ったことではないという話でもあり破壊してしまいたいという願望が常にあるのではなかろうかなとか、劇場に放火するくらいには追い詰められているということはあるのではなかろうかなとかぼんやりと連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
崩れそうなものがあると不安になり先に崩してしまうという感情は実のところ子供だけではないのですが、それはそれとしてお片付けはしましょうね。今日も元気可愛いですな。
変わるものと変わらないものとどちらに価値があるかという話はこれはまあ環境やら条件やらそこに至る歴史やらによって左右されるものではありますが、前提として変わらないものはないのでありますから変わらないように見えるということは意外と労力を使用しているのでありますよという話でもあり、本質的には資源の浪費に過ぎなくそしてその浪費は楽しめるものであるという話でもありまして。
生き残ることが命題であるならば、実のところ変わらないということはあまり良い手ではなく環境の変化についていけないということであり、しかし、その環境そのものが安定しているように見えるとそこであえて変質していく意味合いがないと申しますか利点が薄いということになり、結果として激変した環境に滅せられる個体が群れとなるという結果が見えてくるのではなかろうかなとか。
激変することではなくとも、徐々に徐々に変質していく環境に取り残されてしまう可能性は実のところ大いにあり、これは寿命が伸びてきた昨今に顕著に現れているものではなかろうかなと、老害というものが発生する仕組みでもあるという話ではありまして、どちらにせよ過去の記憶は改竄されるものであり、良いもの評価の高いものへと置き換わってしまう傾向にあるので、その辺り、割り引いて思考しなければならない、のであろうかなとか。
悲惨さを強調することで利益を得ているのであるならば、その悲惨さ悲劇もまた誇張されるものであるということを認識した方がよく、確かに現代の価値観に照らし合わせてみるならばそれは悲劇ではあっただろうけれども、その当時は仕方がないかもしくは誉であった可能性もあるのであるよという思考をどこかに置いておくべきであるのはなかろうか。
ただ、その悲劇性を持ってして現状に利益をもたらそうとするならば、ある意味事実の改竄は、記憶の齟齬をそのままに誇張するやり方は間違ってはいなく、それはそれこれはこれで切り分けて考えるべき内容ではなかろうかという話にはなるわけであります、管理者側政治側の語りと、研究者の語りには隔たりがあって然るべきものであり、大事なのはそれが何をもたらすのかという結果であるのではなかろうかなとか。
嘘も方便であるという展開方法ではあるのではなかろうかなとか、それが通じないという群れもあるのではありますが、そこは、建前ではこうなので、事実とは違うけれども、こうした方が無知蒙昧の感情に訴えて制御がしやすいので、わかっている方は、そっと見守ってほしいという感じになるのではなかろうかとか、ただそれが旗振り役も含めて盲信してしまうのであるならば、そこには恐怖しかないというわけであり、そもそもそのような者や団体や組織やら構造には、管理者を任せてはいけないという話でもありまして。
嘘や大袈裟に騙されないで真実を知るというか事実を事実として積み上げられて、感情に引っ張られないで論理的に思考することができるものが、大衆を導くべきであるという、この意見もまた危ういものがあり、その管理者の客観性論理性非感情性を誰が評価するのであるのかとか、そのような問題と、共感できない相手に従いにくいという群れとしての生き物としての特性が立ち塞がるのではなかろうかなとか予想するわけであり。
であるならば、そのような冷静で客観的で論理的な指導者というものは表にでてはいけない少なくとも市民、群れの過半数以上がそれと同じ学習やら論理やら感情を排して客観的に物事を見ることができ、さらにはそれを相互に補完観察監視訂正指摘をしあえる構造が構築されていなければ。つまりは当分は無理であり、かなりの未来でなければそれが最適解にはなり得ないわけであり、政治家的な技術が長く必要になるのであろうかなという予想も立つわけでございます。
変わらないように見せて前例を根拠にずらしていく手腕が現状問われているのではなかろうかなというか、常に昔からそうであるのではなかろうかと想像しつつおしまいです。
「誤魔化すために神様がいるのです、使い倒してくださいませ」
「思考をし続ける生き物が社会に満ちればまた変革の時にはなるのでしょうかね?」
「語弊がある言い回しではありますがおおむね間違ってはいないですな”旦那様”
まあ結構考えてないですからな現状”奥様”」




