2090_歯無し、む か し 、伝説ほどでもない古さ。
由来がはっきりしているのであるならばそれは伝説ではないのではなかろうかという捉え方もあるわけではございますが、それが偉業であるならば最近のものでも伝説判定をしてしまうというある意味安い言葉になってしまっているのかそれとも個人の感想やら感慨やら価値観やらを大切にしている風潮があるのでありましょうか、いやまあ、単純に商売として美味しいので飾ってみるというのももちろんあるのであろうけれども、などとぼんやり想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
昔話は好きですよね、作り物であっても綺麗な起承転結になっているものは安心するという感じでありましょうか、意味がわからないものやら不条理なものもあるわけではありますが、それはそれでお好きなようで。今日も元気可愛いですな。
それを成していた者が少なければ少ないほど価値があるという話ではあるのかなとか少数というか極少数という人材にしか成しえなかった何かをやってみた初めてそれを行ったという事実はそれはそれはとても貴重なものであるのではなかろうかという価値観があるのであろうかと、気づきが大切なのであろうかなとか予想するわけでございまして。
最初の発想がものをいうわけではありますが、ただそれは思いついてしまえば容易に模倣が可能であり、嚆矢の苦労やら努力やらそれらに対する報酬が正当に支払われない可能性が高く、となれば秘匿される可能性が高いか、もしくは評価が適切に行われる環境に現れるのであろうかなとか予想するわけであり。
ただそれは別に自分自身だけがわかっていれば良いというような価値観の者の中に発生するものであった場合に、社会全体への損失が発生するのであろうかなという予想はできるわけであり、それを知ったものにとっては釈然としないもしくは憎しみにも似た感情が発生する、可能性があるのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
曰く、ずるい、という評価が出てくるのであろうかなとか予想するわけでございますが、それは個人の才覚であるのであるし、趣味の範囲なので問題はない、もしくは文句をつけられても気にしないという精神の持ち主にとっては特に問題にはならないのであろうかなという予想もできるわけであり、それを裏打ちできるくらいの実力があったなら、さらに補強されるのであろうかなとか。
他人の知らないものを知っている、秘密にしているという環境やら条件やらは、これは愉悦を産むのであろうかなとか、それが勘違いであることもありそうではありますが、幻想が晴れるまではその楽しみは続き、最後まで明らかにならないこともまた多いのではなかろうかとか、思い込みだけで快楽を得られるのであるならば、ある意味経済的であり、穏やかであるのではなかろうかなという予想もできるわけでございます。
つまるところ秘密は持つべきではなかろうかなとか、それは資産であり資源であり価値であるのであろうかなとか、嘘ではなく、ただ話さないだけであり、罪はあるのかもしれないけれども、それすらも甘美であるというか、見抜けない方が悪いという、そのように嘯くことができる対象を、人格はそれぞれ持つべきではなかろうかという発想であり、そうであるからこそ、裏表のない人物が好かれる可能性が出てくるのであろうかなという、逆の発想も生まれるわけでございます。
秘密は共有するべきであるかもこれはちょっとした題材になるお話でございまして、もちろん連帯感、罪悪感とかと共に、もしはやや暗めの愉悦を共感することによるそれは、間違いなく発生するわけではございますが、ただそれを漏らしてしまった、自身の人格から記憶から妄執から、逃してしまった時点でそれは純粋に秘密としての魅力を失ってしまっていることもまた確かではあるのでありまして、この辺り、表面上、顕にする情報をいう、階層をわけた提示方法が適している可能性があるのではなかろうかなとか。
全てを話さないけれども匂わせることによって、雰囲気を共有する、ことによる、悪垂れの連帯感、方向性を合わせてしまっているという幻想を抱かせるような、誤解を楽しむような道連れを作り出すことができそうではあり、おそらくは、これは幼稚ではあるのではありますが、人間性という意味合いでは、らしいと言えるのではなかろうかとか、想像するわけでございます。
秘密は人を輝かせるのであるというのは、想像の余地を作る、隙間があることを示すことができるという、対人関係の円滑さを整える技術でもあるのかなとか、ぼんやり連想しつつおしまいです。
「神様こそ秘密に塗れているものはいないね」
「明らかにしない、できないことを軸にして組み立てる理論はありますね」
「まさに神秘ということでしょうな”旦那様”
観測するまで結果がわからないことを軸にするなんて普通ですからな”奥様”」




