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2085_例のごとく、いつもの、親父さん。

 常連客になることは商売的に良いことなのであるかなという予想がございまして、ある程度信頼関係が結ばれるくらいの間柄でなければ誠実な取引が見込めないということであるならば、人間関係が殺伐とし過ぎているのではないかとか、法律とかの枠組みがしっかりしていないのであろうかという心配が生じるわけでありますが、そもそも決まり事を守らせなければならないという関係性が歪んできるのではという意見もございまして、などとぼんやり想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 一人にしてはいけないと分かってはいたのでありますが今回も無駄に信用してしまった結果がお片付け大作戦でありますな。まあ、何度も信じて何度も失敗して、徐々に良くなっていくということもあるかもしれません。今日も元気可愛いですな。


 信用とか信頼とかはどうやって作ればよろしいのかというと、まず何もしないということが大事なのではなかろうかなという予想がございまして、普通にしておくというか仕事上の付き合いしかしないような関係性を保つようにすることではなかろうかとか、距離をとることが最初なのかもしれないと予想するわけではあります。


 逆に親密さを象徴するような行為を適度に行う必要があるという意見もまた正しく、軽い物のやり取りとか、消え物、お菓子やら食べ物やら飲み物やらの提示とかも、有効ではあるのかなとか、相手の負担にならない程度の好意を表すことも適切な付き合いである、可能性もあるわけであります。


 がしかし、前提として文化的な共有、共通認識が必要になってくるので、その辺りの擦り合わせは、できるだけ誤解が少なくなるようにあらかじめやっておくべきではなかろうかとか予想するわけでございまして、そうなるためにも、意見とか会話が行いやすい環境を作っておくべきであるという意見にはおおむね賛成できるわけであり。


 であるならば、避けるべき何かは、不快な感情をあらわにしないということではなかろうかなとか、嫌っているのであるけれどもそれをあからさまにしないということが大事になるのであろうかなとか、ええまあ、嫌うというよりは不快であることを、周囲に示すことを頻繁にはしないということであるのかなとか、具体案のない怒りの行為だけを示されても、対応に困るということではあるのかという予想が立つわけでありまして。


 感情をなくして客観的に論理的に、淡々と事務的に進めることが全て良いのかというと、実のところそこまで不具合を生じさせないのではなかろうかなという予想もあるわけでございまして、この辺り、さじ加減が難しい部類に入るのではなかろうかという話ではありますが、間合いの取り方はやはり個人差があるのであろうかなという予想もできるわけでございます。


 悪口を言わない、陰口を叩かない、周囲に八つ当たりをしない、大きな声を出さない、人の話は最後まで聞く、とかその辺りの丁寧な対人関係のやり口は、これはそうはそうであろうという納得が得られやすいのではありますが、例外はあるという意識が強過ぎて、肝心要な所で間違ってしまうということは、ありそうではありまして。


 そこに悪意はないのであり、ただただ、能力が足りないがために、こちらに不利益が降りかかってきたのであるということを把握できるかできないかで、対応の上手下手が変わってくるのではなかろうかなという話でもあるのではなかろうかとか、いやまあ、的確に相手の矜持を貶めていくような結果になる可能性もあるので、これはこれで、対応が難しいかもしれず。


 問題がどこにあるのかをはっきりさせて対応を明らかにしておくことが大事であり、その周囲の感情的な落とし所は実のところ枝葉末節であるという話に持っていくことが肝要であるかという話にはなるのであるけれども、そもそもその怒りの矛先をどうにかして設定して、力の限りぶつけたいという欲求を果たすことが主題であるならば、それは議論は噛み合わないというか、話し合いにすらならないことは明らかであり。


 想像力が欠如しているというよりは、必要な情報が届いていない、干渉の中から外れてしまっている、環境が悪いということではあるのかなという予想はできるわけでございまして、それこそ本人に悪意があるのではなく、能力というか必要十分な前提条件が足りていないから発生する失敗、不利益を生じさせる行動につながっているのであるかなとか、では、どう伝えれば良いのか、学習させれば良いのかという話に落ち着く、のであろうかなとか、ぼんやり連想しつつおしまいです。


「よって立つ正しさが間違っている場合、意識を改革させるのは難しいです」

「まずは論理的な思考を身につける学習からとなるのでしょうね」

「宗教絡みで立ち位置が環境に合わないと致命的ではありますな”旦那様”

 判断が正しくできるというその正しさを疑うあたりからですかな”奥様”」

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