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2059_店で話にならない、臥竜。

 通じないのではなく通じさせないのであろうかな、つまりは話を壊すのではなくて作っているというか演出するために意見を聞かないという話でありこれはつまり対人関係の技術としては上位というか意識してやっているのであるならば、結構な業前である可能性が出てくるわけであるけれども大概は上手に見えないような評価になるのではなかろうかとか、ぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 自分でも何を言っているのかわからなくなるけれども勢いで押し切れるというやり口は幼児では有効なのではなかろうかとか、思考させなければ良いのではないかなという話ではあるのかなとか、詐欺じゃないかな?今日も元気可愛いですな。


 判断力を奪って失言を獲得するというやり口はまあ卑怯で卑劣であるけれども大体においてそれを良しとする方面ではむしろ褒め言葉であるのではなかろうかなとか、ああすごいなあという賞賛の嵐ではあるのかもしれないとか法律とかを盾に取られると困るので見極めが大切な、かなりの高等技術であるのでは本来は。


 それが見た目だけを真似をすると酷い結果になるという話ではあるのかなとか、卑怯卑劣には実は誠実さがかなり入っていなければ、役に立たないというか効果的ではないのかとか情を前面に出す形もまたありそうではあるかなとか、断りにくい、断れない何かを環境的に用意するというやり口は、これはまあ、卑怯ではあるかとか。


 つまるところ大体のものは卑怯で卑劣なのであろうかなと、確実に行動を阻害すると申しますか、そこへ導く、自らを誘導するようなやり口はこれは意図していなくとも意図していても同じく、計算高く卑怯であるという評価が得られやすいということであり、つまりは結果としてそれが良い方向にいくならば、あまり気にしないという程度のものではなかろうかなという話であり、であるから、反抗する反逆するひっくり返すことが痛快に思えるのではなかろうか?


 ほぼ全ての促しが卑怯であるという捉え方ができるのであるならば、それに対して抗うことが誠実であるという話になるのかなとかそう見えることがあるというか見立てであるのであるからして、それが格好良い、という評価につながるわけでございまして、ある意味体制側が正しいことをしているのであるというのに、それを否定することが格好良く見えるのはそのような詐術的な見方が存在するからであるかなという話でありまして。


 認めて仕舞えばよろしいのではないかとは、予想するわけでございまして、世の全ては基本卑怯卑劣でできていて、それに心地よく騙される方が効率が良いという話でありまして、むしろその程度を賞賛するくらいの度量があれば、楽しいのではなかろうかなとか、積極的に自分にしていることを卑怯で卑劣であるということを認めて仕舞えば、まあ、あまり恥も外聞も気にせずに好きなことができるようになるのではなかろうか?という意識の転換ができそうではあり、いやまあ、肯定的にそれらを捉えてしまうと、共通認識的なもののずれが問題にはなりそうではあるけれども。


 堂々とそれを成しているのであるならばそれは卑怯でも卑劣でもないのではなかろうかという話ではありますが、全く隠すこともなくそのようなことをしてもやはり評価が変わらないこともありますのであまり気にしない方が良いのかもしれないとか、そもそも対立しているのであるならば、弱いところを突いていくことは戦略的にも戦術的にも正しくむしろ積極的に弱いところを作り出す必要すらあるのではなかろうかという、観点も普通にあるわけでございまして。


 ただ言い方の問題であるという話でもあるのではあろうかなとか印象操作であるかなと、一方的にあちら側が悪いということにして仕舞えば動きやすい好きにできる効率が良い資源の浪費を抑えることができるという話でしかないのではなかろうかとかそこを冷静に客観的に見ることができる人材が増えていくならば、また常識が変化していくのであろうかなという話ではあるのではなかろうか?という希望のようなある意味絶望のようなものがあるとか、想像するわけであるわけでありますが。


 言葉では分かり合えないから実力を行使するというやり口はそれほど珍しいものではなく、むしろ自然な流れであり、必須であるのであろうかな、そもそも相互の理解は完全には行えないことが普通であり、それを補うために想像力やら客観的な評価やら、感情を度外視した冷静さが必要になるのであろうかなとか予想するわけでございまして、この辺り、構造的にどうにかしなければならない問題ではあるのかなと、とっ散らかった連想が発散してきたので、おしまいです。


「勢いだけの神様というものも時にはいますね」

「感情を排するのではなく感情的にならないということ、なのですかね?」

「そういう情熱から生まれてきたのが最初なのでしょうな”旦那様”

 感情があることを否定しない論理的な思考が必要ということでしょう”奥様”」

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