2054_じゅっあたたかい砂の虫。
不思議な生態に見えるけれども理屈は通っているということはよくあることでありまして、どうしてそうなったのかはわからないけれども、そのために生き残っていると申しますか、生き残っているものがそうなっているという見方でありましょうか、歪に見えるのは環境が変化してしまったけれども、それに耐久できるくらいの貯金があったからとか、言えるのではなかろうかなとかぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
親から子供の代になる時に劇的にその性質が変わるわけではないのであるから、適応には長い時間がかかるという話ではあるのであるかな、いやまあ、知恵がそれを代替するということはありそうではありますが。賢くなってきましたね、でも悪戯はやめてください。今日も元気可愛いですな。
適応する時間がないくらいに環境が激変してきているのではなかろうかという指摘は、おそらく正しいわけでございまして、それに対して肉体的な変化で乗り切ろうというやり口はこれはまあ、さらに歪なものへと変化してしまう、中途半端なものになってしまう、変化した端から、環境がさらに変異してしまうので、その歪みが際立つという様相と呈しているのではなかろうかなとか。
であるから、知恵と勇気でどうにかしようとしている、構造を変化させることで対応しようとしているわけであり、これはまあ、安定を犠牲にしているとも言えるのではなかろうかなとか予想するわけでございます、文明とか科学の進歩というものは、それはまあ綺麗な言い方をしているだけであって、危険なものであることには違いはなく。
それを否定すれば良いのか、やめて仕舞えば、幸せになれるのかと申しますと、これまた問題が大きく、基本、やるなと言われればやるような精神は、実のところ健全であるという見方もできるわけであり、挑戦を繰り返すことで、適応してきた、生き延びてきたという歴史もあるわけであり、塩梅が難しいわけでございまして。
制御するようなものではないと申しますか、そもそもそれができない、できなかったからこそのこの結果であるわけでございますれば、業が深いとかなんとか言って誤魔化すしかないのではなかろうかという予想が立つわけでございまして、この辺り、世の賢人愚人が嘆きつつ思考を深めていくような題材であるのであろうかなとか、予想するわけでございます。
やりたいようにやればよろしいのではないでしょうか、という意見は乱暴ではあるものの、実のところかなり遠回りであり、然るに安全性が高い、この場合はどうせ破滅するのであるならば、傷の浅いところでやったほうがよろしいのではなかろうかという、意味合いも含むわけであり、下手に禁止して隠される方がよっぽどまずい結果になるのではという予想がございます。
人を支配下に置きたい、影響力を行使したいという欲求が、まず前提にあるのであろうかなとか、これはまあ、本能と申しますか、そのような行為を繰り返し、もしくは継続して受け継いできたからこそ今の群れが存続しているという結果があるわけでございまして、ある意味、成長限界を決定してしまっている可能性はあるわけでございまして。
悪しき前例主義という言い方をしてしまうと、これはまあ、決めつけになってしまうわけでございますが、成功度の高い作戦を繰り返しているだけでは、変化に乏しいという話ではありまして、劇的な進歩は望めないわけであり、さらにいうならば、別にそれを望んでいるわけではなく、欲しいのは結果であり、成果でしかないという、矛盾も孕んでいる、のではなかろうかなとか。
危険は犯したくないけれども成果は欲しいという、至極全うな欲求が、全体を歪ませてしまっている可能性はあるのではなかろうかなとか、それには時間がかかるのであるけれども待てないという言い方でもあっているような気もいたします、要は焦り過ぎているのか、環境が時間をかけさせてくれないのか、どちらでもあるのであろうかなとか相互に関係しているのであろうかなとか、予想するわけでございまして。
ではどうするのかという話になると、これまた難しいわけであり、均衡をどこで崩すのか、一時的にそれを破壊しても結果的に進むのであるならば、許されると申しますか、費用対効果が見込められるのか、長期的に考えるとどうなのか、とか、まあ、色々と計画を立てるような能力やら才能やら技術やら、それを育てる学習やらが必要になるのではなかろうかなという予想ができるわけでございますが、意外と結構直感でなんとかしているというのが、現状の怖い話なのではなかろうかという、思い至ったのでおしまいです。
「神様は結構直感の産物なのではないかなとは思いますね」
「糸目をつけない箇所を見極める人は必要だとは思います」
「まず思い立って、そして設定を固めるのでしょうな”旦那様”
無限の資源があればよろしいのですが無いですからな”奥様”」




