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2047_そこですどこです、そうどすえ。

 奥ゆかしいは歯がゆいのではなかろうかなとか痒いところに手が届かない印象がございますが、対応が気安すぎるよりは良いのではなかろうかとか気がつかないうちにするりと入ってくるというものには妖怪じみた不気味さもあるわけでございます。この辺りの塩梅を調整したところに客あしらいの妙が隠されているのかというと別に隠してはおりませんとか答えられるのであるかなとか、ぼんやりと連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 持って回った態度でしおらしい幼児というものはちょっと怖いものがございます、似合う似合わないではなく、何かとんでもないことをしでかして隠しているような気がするわけでございまして。大丈夫ですか?今日も元気可愛いですな。


 素直にそのまま助けを求めれば良いのではとか意見もございますが、弱みを見せると踏み込んでくるかっぱいでこようとする生馬の目を抜くことを生業としているような輩が結構な頻度で存在する都会であったりするわけでございまして、かなり桑原桑原と唱えながらやせ我慢をしなければならないという可能性が出てくるわけでございまして、この辺り生活効率と申しますか構造的に損失が大きそうな気がしてくるわけでございまして。


 嘘ということであるのであろうかなとか正確ではない、騙して楽に儲けようとする心持ちが正しいことであるということになっている環境が身近に溢れているのではなかろうかなという予想もできるわけでございまして、道徳が育たない環境が実際にあるのであろうかなとか、油断する方が悪いという了見がまかり通る社会はやはりこれは厳しいものがあるとか寂しいものがあるとかになりそうではあります。


 自分の都合の良いように、環境を整えるということが刹那的に、近視眼的に、やらかしてしまうので、長期的な損がそこかしこに生まれるのであろうかなとか、しかし、自分の生きている間なら持つであろうという意識は、実のところ正しい面もあるわけでございまして、長期すぎる善意の構築は遠い未来において、呪詛となる可能性も含んでいるわけでございまして、この辺り幸福の連鎖を目指してみる程度でよろしいのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。


 目の前の人を助けることから始めてみようという話ではあるのかなとか、いやまあ、それよりも自分自身をまず助けなければ、余裕も生まれないのではなかろうかという意見もまた正しく、どこまで自分本位であるかどうかという見極めが、周囲の環境とかの観察とその結果によって決めてしまうべきなのであろうかなという想像ができるわけでございまして。


 情けは人のためならずであり、そのうちに返ってくるということをうすらぼんやりと信じて行って、ついうかっかり親切にしてしまう程度でよろしいのではなかろうかなとか、悪意をぶつけないようにするだけで結構な割合で世の中がよろしくなるのではなかろうかというかなりの楽観論ではありますが、そこくらいはできるのではなかろうかという、悲観論的な見方もできるのではありましょうか。


 適切な距離を取ることができることが大事なのであろうかなという意見もございまして、親身になりすぎてしまうと、自分自身が潰れてしまうこともありまた、依存されてしまうと、これはこれで双方の為にならず、しかし、どこかでは助けは必要であるわけでございまして、自助が過ぎてしまうとこれはこれで問題が大きくなる、なぜにもっと早く助けを呼ばなかったのであろうかとか、今更言われても困るという事態には、結構なりそうなものであり、実際にいくつか観察できるのではなかろうか。


 どこまで矜持を守るのかという問題でもあるのではありますが、大体において他人からの評価としてはつまらない維持であるということに落ち着くわけでございまして、そこのところは本人との捉え方のさがあるのであろうかなとか、とやかく外から言われたくなく、自分ことは自分にしか分からないのであるという意固地な展開になりがちであるのであろうかなと。


 それはまあそうでありまして、自分の気持ちというか思考というか感情が絡んで来る概念はこれはまあどう頑張ってもそのまま伝えることはできず、そのようなややこしいものだけでもなく、どの思考も感情も情念も信念も情動も直感じみた直情的なひらめきも、そのままその通りに伝えることはこれは不可能であり、なので、伝わらないと憤ることが、そもそもおかしいのであり、それは普通のことであるわけであり、であるならば、どうにかこうにかして、自分自身で決着をつけなければならないと早くに気づくことが大切なのではなかろうかとか、いやまあ、気付けるなら適切に実利的な助けを求められるかな?疑問が尽きないところでおしまいです。


「神様なら助けてくれるという信念が救いではあるのではありますね」

「伝わらないから伝えることを放棄するということでもないわけです」

「自らの内の神様に救われようとするという話ではありますな”旦那様”

 伝えようとすることが大事という場面もありますな”奥様”」

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