2023_右向け左、軍靴の音、鱒。
軍事費の規模は相対的なものであり、関係性によって増減することが普通であり、平和であるからといって単純に減らせるものでもない、ましてや緊張感が増しているのであるならば、ましましになることはそれほど不自然ではなく、軍拡競争はそのような常識というか雰囲気に流される感があるのではなかろうかなとか、結構曖昧模糊な実情が見え隠れしているような気がする今日この頃、皆様備えは十分でしょうか?何を尋ねているのでしょうゴブリンです。
備蓄というかおやつの溜め込みはものが悪くなるのと虫がつきそうでありますので、適切にやって欲しいものです。まあ、あるだけ食べるという選択肢がなくなりつつあるのは、成長でありましょうか?今日も元気可愛いですな。
それが本当に平穏で平和であるという評価であろうかとか、正確に適切に測っていることができるのであるかという話でもあるのではなかろうかなとか、隠されるとこれはなかなかに対応が難しいのでありますが、隠していないという証明もまた難しく、この辺り読み解くにはかなりの技術が必要であるのであろうかなという予想はできるわけでございまして。
悪意というものは、突如作り出されるものではないのではなかろうかという話は結構幻想であるかなとか、いやそうではなく、そもそもその種は尽きることがないものでありある意味感情の根っこにあるものはそれに繋がっていると思考するに、どの瞬間に表に出るのかわからないものであるという認識が大切なのではなかろうかなとか。
善意というものと実のところそれほど違いはなく、ようは感情の発露であるのかとか、論理的な思考であると見てとったところで、実のところ裏打ちされているのは感情論であることが多く、また、何かのきっかけ、直感、連想の元のなっていることも多いわけであり、これはまあ、予測が難しいのではなかろうかなという、話ではあるわけでございまして。
隔意は普通にあるものであり、それがあるからこその対話と申しますかそれに付随する誤解から生まれる何かがあることはそれほど間違いではなく、分かり合えないからこそ作られる概念やら情報があるのではなかろうかなとか、わかり合いたいのではなく、適度に分かり合えない、距離の調節やら衝突やらが、社会には必要であると、過去に遡って評価されている、可能性があるわけでございまして。
無意であるかどうかという話でもあるのかなとか、意識が働いていない、意志を感じない何かというものが実のところ全体を構造を動かしている熱量やら燃料であるという可能性が高いのではなかろうかとか、熱狂を、興奮を、革命的なそれらは実のところ誤魔化しであり、そこに見えない、観測が間接的にしかできないようなところの要素が、世の中を変化せており、しかもそのことに気づかれることは少なく、むしろ気づいたならばそれは失敗しているということではなかろうかなとか。
好意というものが前提にあるのかという話でもあり、なぜそれが心地よいのかという分析をよそにおいての感情を浴びるような行為は、麻薬的であり、享楽的であり、刹那的である、のかないのか、否定的な感情を、肯定的な何がしかに求めてしまうことはこれは、捻くれているのではないかという評価が与えられそうではあるものの、それほど遠くもないのではなかろうかなとか、いや何の話だか?
意図しないということが正解であるのであるならば、思うように何かを変化させようとすることはなかなかに難しく、意識しないことを前提とするようなやり口は、仕掛ける方にとってはかなり工夫が必要にはなるものの、世論の調整やら、誘導やら、誤魔化しには、一定の成功例が見られたりするわけであり、実のところ型はできている可能性が大きいわけであり。
大まかな方向性を指し示して従わせる、誘うことはできると、信じてしまった瞬間に失敗の可能性が大きくなるという話でもありそうではあり、その度合いを適度に期待しないことによって逆に自由度がましていくということでもあるのではなかろうかなとか、そもそも必ず双方に間違いなく何かが伝わるということが既に幻想ではありますので。
誤解は必ず生まれる、ではそれを踏まえてどうするのか?という思考が大切であるのではなかろうかなという話ではあるわけでございまして、別に双方納得する必要はなく、ただ、無駄に対立することもなく、こう、ふんわりと、決着をつけずに時間をおくことが、唯一の正解であったりする、こともあったりするのではなかろうかなとか、いやまあ、その隙間を縫って実利を取るのでありましょうが、さて?おしまいです。
「神様でも争いを止めることはできなかったわけです」
「知らないよりは知っている方が対立は避けられる、かもしれませんね」
「その神様が争いの原因になることもございますな”旦那様”
知らないということを知っているというのはかなり高度ですな”奥様”」




