2021_城は石垣、数は力、ぼうえー。
拠点は最大限なところまで建築とかその辺りの技術で高めておきたくなるものでございますが、戦略と申しますか、発想の転換、技術の革新で全く意味がなくなるものでもございますので、どれだけ今の状況に対応するのかという見極めが必要になるのではなかろうかなとか、つまるところ、現状での対応にどれだけ中力すれば良いのか、未来への危機にどれだけ資源を残しておくべきなのか、の見極めが必要になるのではなかろうかなとか、ぼんやりと連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
おもちゃのお城でそれだけの頑丈さを演出するのはすごいと思うのですが、片付けられませんね、どうしましょうかね。今日も元気かわいいですな。
現状に対する備えをしっかりとしてしまっていても、状況やら環境が変化するとそれが全く役に立たなくなるということは、それなりにあるわけでございまして、そうであるならば、刻一刻と変化する状況に対して適切なやり口を模索して実行していくことが大切になるのではありますが、その行動は第三者から見ると、どっちつかずというか、首尾一貫していないようにも見えるのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
前言を翻すとか、過去の発言を否定するとか、そういうことはそれほど珍しくはなく、間違えを素直に認めて、新しいことに挑戦するとか対応するとかは普通におかしなことではなく、むしろ誠実と言えるのではなかろうかなと予想するわけでございますが、政治的にはそれほど正しくない場合が多いという話もちらほらと聞かれてくるわけでございまして。
間違いを認めると、終わってしまう、不利益が多すぎるような構造になっていることが問題なのであろうかなとか予想するわけでございまして、つまるところやすい信頼というものが結構必要な場面が多いということではなかろうかなとか、その場しのぎという話でもあるのかもしれませんが、雰囲気に流されてしまう、ということもあるのであろうかなとか想像するわけでございます。
理屈ではなく感情で否定するという動きではあるのかなとかも予想するわけでございまして、将来的な利益ではなく、目の前の不利益を被りたくないというある意味わがままな意見が罷り通ってしまうということではなかろうかな、とか、誰も損をしたくないので、全ての人が損をするようなやり口が罷り通ってしまうことがあるのではなかろうかとか、ただそれは明らかになった場合であり、気が付かれないように、静かにする分には、実は成功することもある、のではなかろうかなとか。
弁明に追われてしまうことがすでに問題であるのであろうかなという話ではあるのかもしれないとか、それに費やす資源がもったいないというか、むしろ致命的な何かを呼び起こしてしまうとか、想像してしまって、認めるわけにはいかないということになるのではなかろうかとか、譲歩するとその分さらに踏み込んでくるということがわかっているのであるならば、一歩も引けないという話になり、しかしそうであるならば、元々の間違いからの不利益を解決できないわけであるからして、どうにかして、謝らずに、間違いを認めずに、対応するという、やや歪んだやり口が必要になり、どうしても不自然にならざるを得ないのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
解決するには、感情論ではなくまた主観的ではなく長期的に客観的に論理的に物事を判断して対応する必要があるわけでございますが、大体において面倒臭いとか、まだるっこしいとか、素早さにかけるように見えるので、敬遠されるのであるのではなかろうかな、とか思考するわけでございます、つまり学習が足りていない、のではなかろうかとか、予想するわけでございます。
言葉が足りていない、誤解を生じる、これは当たり前のことでありまして、対話はそれほど有効ではないわけでございます、相互理解は普通はできないものであり、実際に実行して、妥協点を見出していかなければ、そもそも時間がいくらあっても足りないということではなかろうかなとか、いやそのように焦ることが間違いであるとか、この辺り、状況やら環境やら、そこに至るまでの歴史やらがそれぞれ違ってくるので一概にこうであるとは言えないわけでございまして。
冷静に客観的に、論理的に、情報を集めて予測して観測して、話を聞いて、素直に話を聞いて、間違いをそうと認めて、やり直しを恐れずに、着々と行動することが必要ではある、のであろうかなとかは予想するわけでございますが、なるほど、難しいのであろうかなとも想像できるので、先は長そうであるかな、とかぼんやり連想しつつおしまいです。
「準備は大事ですけど、時間をかけすぎると機を逃すということですね」
「議論は間違いを認めることができなければ進まないのです」
「それを理由に準備を蔑ろにするとそれはそれで問題ですがな”旦那様”
明らかな事実の積み重ねをしていくしかないのでしょうな”奥様”」




