2013_つくつく法師胞子きのこどこのこ。
宗教関係のお話で雑談をすると炎上するような気がする今日この頃ではございますが、そもそもそこまで読み込んでいる人も居られないので、意外と好きに発言してもよいのではなかろうかという誘惑に襲われてしまうような気がするわけでございまして、いやまあ、後で見返すこともできますし、記録にも残るわけでございますので、配慮は必要ではあるのではなかろうかなとか、この辺り、面倒臭いで蔑ろにしてはいけない部類ではあるのではなかろうかなとか、ぼんやりと連想しつつ、あまり神経質にならない程度に行ってみるゴブリンです、お元気ですか?
神様が見ているので、悪いことはしないようにしましょうという、という躾方法ですが、悪いことをすると褒めてくれるような神様だと逆効果なのではなかろうかなとか、思うわけでございます。いやまあ、悪戯はやめましょうね?今日も元気可愛いですな。
幾度か話題には上げているわけでございますが、神様、仏様、稲尾さま、のお話になるわけでございまして、最後はちょっと違いますが、漢字あっているのでしょうかね?基本雑談の域を超えないのであまり目くじらを立てられないようにされるとよいのではなかろうかなとか、前提として小鬼が信じているような神様は居られないというか、ある意味邪神信仰なのじゃないかなぁという気もいたしますので。
無宗教、とか無信仰であることが罪悪であるという文化圏もございますので、迂闊にそうであると公開することもできないわけでございますが、物理優勢な文化圏では、精神的な安らぎを架空の何かに求めることが少なくなるのではなかろうかなという予想もございますが、一方では、二次元の存在に救いを求める方も相当数観察できるわけでございますし、ある意味、精神的な支柱というものは身近にあるのではなかろうかなという想像もできるわけでございます。
昨今では推しとか呼ばれているのであろうかなとか、特定の肖像とか偶像とかに熱心になるという感じでありましょうか、それが第三者に認められているかどうかは結構二の次になるのであるかもしれず、もしくは自分の崇めるものを周囲に認めてもらいたいという欲求も生まれている人格も同時に存在するような印象もございまして、この辺り、混沌としているのではなかろうかな、逆に秩序だってしまうと、商業主義が見え隠れしてしまって、萎える
という方もいそうではございますが。
宗教は現状商売として成り立っているわけでございまして、市場がすでに存在するのであろうかな、冠婚葬祭とかに絡めて、商品が、確立している感じではあるかと観察できるわけでございますし、精神的な支えとしても、お金の動きが感じられるわけでございますれば、まあ、純粋というものからは離れているのであろうかなとか。
効率を宗教にも求めているという話ではあるのかな、と、時間は有限であるのであるならば、短い時間で精神的な負荷を取り払うことができるものが優秀ということになり、気安く、近く、短く、安価という感じのものが求められるという流れにはなりそうではございます。
一方で、苦労して手に入れた方が満足感が高いのではという人格もかなり存在しておりますので、冗長な儀式とか遠方まで足を運ぶとか、兎角時間と資源を惜しげもなく費やすような動きもまた自然な流れになっていくわけでございまして、そういうところを刺激することによって、商売として成り立つようにしている、ともみることはできるわけでございます。
同調圧力というものもあるのであろうけれども、科学万能主義が多少なりとも幅を利かせてきている昨今、そのような神様関係のあれこれは、必要ないのではなかろうかという意見も結構多くあるように観察されるわけでございまして、これはまあ、徐々に徐々に、浸透していき、神秘というか、崇め奉という行為そのものの意味合いが、伝統文化の保護、伝達という感じに落とし込まれていくのではなかろうかなという予想がございまして。
それがよいことか悪いことかは、これはまあ、結果から遡らないと、わからないわけでございますが、概ね、人類の進化とか、幼年期の終わりという意味合いからみると、よい流れになるのではなかろうかなとか、予想するわけでございますが、一方では大人になったので子供のような遊びはやめなさいと言われるような、不満も同時にあるわけでございまして、この辺りは、折り合いをつけていくようになるのではなかろうかなとか、実際に不具合が許容できなくなった場合に、劇的に変化するかもしれないなぁ、とか、ぼんやり予想しつつ、まあ、あまり関係ないかなぁなどと、傍観しつつ、おしまいです。
「推しは神様ですという人は結構いそうではありますね」
「文化史的なものとして残るという結果はありそうではありますね」
「二次創作とかも多いですしな”旦那様”
現状に配慮して、記録が変容することもありそうではありますな”奥様”」




