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1992/2616

1992_託したバトンぐるぐる回す、愉快鵜飼。

 歴史として残されるということを想像しないのであるならば、結構好き勝手にできそうではございまして、そもそもかなり刹那的に生きることになり、次代を残そうという動因は生まれない可能性がありそうであり、歴史というと大袈裟ではあるけれども子孫をなぜ残すのかとか文明を維持発展させる意味とか価値の所在を知るか知らないかの違いは結構な問題にはなりそうではあるかなとか、ぼんやり連想しながら始まる今日のゴブリンでございます。


 今だけが楽しければ良いというように見えても明日のためにおやつを残しておくという知恵は働くわけであり、そう刹那的ではないのかもしれませんね。今日も元気可愛いですな。


 記憶の連続性が失われる、人格が消滅してしまう、故に、未来のことを考慮してもそれほど深刻さが増さず、せいぜい寿命前後の近いところでの憂慮くらいしかしなくなることはまあそれほど珍しいことではなく、遠い環境破壊のことを声高に発言することも、その実、近々の環境、自分を取り巻く対人関係やら、正義にまつわる報酬を得ることを主体に思考した結果であることも多く、本質的には近くしか見ていないことには違いない、のではなかろうかなと予想するわけであり。


 予想がつかないのでとりあえず何もしないという話でもあるのかなという、行動してよくなれば良いけれどもそうでない可能性があるならば実のところ何もしないということも正解ではなかろうかとか、怠惰の理由づけとしてはかなり上位にくるものではなかろうかな、実際そのようなものも多いわけであり。


 何もしないということは何もしないということであり、つまるところ資源の消費をできるだけ抑えてしまおうという話ではなかろうかな、消費を抑える傾向であるのではなかろうか、これはこれで延命にはつながるのでそれほど悪いことではなく、ただ、認められるかというと難しい、成果が目に見えにくい、目立たないという話ではありそうであり。


 また、それではなぜ生きているのかという疑問の答えが得られにくい動きでもあるわけで、突き詰めて何もしないのであるならば、生きることをしなければ、一番無駄がないわけであり、そうなると、群れを保つという目的と矛盾してしまうわけでありまして、ただ、持続することに意味を見出さないのであるならば、最適解の一つでもあることは確かであり、何を目標にしているのかそしてそれはなぜ目指すのかを、しっかりと再確認する必要が生まれるのではなかろうかな。


 人はなぜ生きるのか、などという大仰な問いかけになってしまうのであろうかな、いやまあ、実のところそれほど重要なものではないのかもしれず、結果として生きているだけであり、なぜなのかの答えはないのではなかろうかな、とも言えそうであり、それはそれで、価値がないのかという誤解を生みそうではありますが、この場合は価値は過去に遡って適当につけて仕舞えば良いような、話でもあるのではなかろうか、と予想するわけであり。


 存続しなければならない、持続しなければならない、発達や維持はされなければならない、これはまあ、幻想と言いますか、過去へ遡って、思いを巡らせた時に出るものであり、結果であり、成れの果てなのであろうかなと、想像するわけでありまして、別にしなければならないわけではなく、結果としてそうなってしまっているだけであり、今を生きるにはそれを肯定した方が、何かとやりやすいから、そうなっているだけの話、なのではなかろうかな、と。


 で、あるならば、そのうちに存続することが結果としてできなくなった時には、かなりの割合で、それを受け入れてしまうような文化が生まれているのではなかろうか、終末思想、とはまた少し違うのではあるかとは思いますが、衰退をゆるく受け入れてしまうような感覚でありましょうか、それは環境の変化に適応したというか、変化してしまった価値観であり、順序が逆なのであろうかなと。


 つまるところ長く続いてきたので価値があるということにしているだけであり、それを続けなければならないという動機になっているわけであり、続けたいから守るのではなく、続いてきたから、守るのであろうかな、逆なのであるかな、と予想するわけでありまして、結果的にそうなってきたので、価値が出てきているのであろうかな、それであるなら、かなり運の要素に左右されているのではなかろうか、と、いやそれだけではないのであろうけれども、全体的にうっすら、それが漂っている感覚であるのではなかろうかな、などとまあ、感覚的なものを言葉にすることを楽しんだあたりで、今日はおしまいです。


「神様がいると楽しいので、それはいるんですよね」

「結果が動機を作っていくわけでまあ普通のサイクルではありますね」

「宗教は娯楽なのであるかな、とは思いますね”旦那様”

 相互に作用しているだけの話ではありますな”奥様”」

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