1967_だろう系とかどうだろう、ないか、外科。
推測とか確率でしか語られない創作物とか作者の集まりとか連想してしまうわけでございまして、徹頭徹尾人工頭脳とかの連想作成方法で作られた何かで満足してしまうような世の中になったら、それはそれで楽しそうではあるかなとか、いやまあ、それほどでもとか照れたりするのでありましょうか、歌って踊れる人工頭脳とか、決戦兵器とか、かなり平和的な何かであるのではないかなとか、ぼんやりと思ったあたりから始まる今日のゴブリンでございます。
幼児よりも賢いですよね、今現在でも、ある意味理想の子供とか言えるのではないでしょうか、確実に親を追い抜いていける気もしますし。まあ、個性の範囲なのでしょうかね?今日も元気可愛いですな。
蓄積された情報やら参照できる情報やらが積み重なっていくと一息に性能が上がるという話でもございまして、そうれはそうであろうかなとか、作られた頭脳の利点はその速さであるわけでございまして、それを十分に生かすことができれば、かなりの優位を保つとことができるのではなかろうかとか。
人に取って代わられてしまうのではなかろうかという心配もございますが、むしろ楽になるならば、代わりに色々やってほしいまであったりします。究極的には労働を全て任せてしまって、それ以外を人が行うような流れになるとよろしいのではなかろうかなとか、こう生きるために生きるのではなく生きることを生きるような感じでありましょうか、ちょっとよく意味がわかりませんが。
人類は衰退するものであるかというと、これはまあ、すべからくそうであることでありますので、早いか遅いかの違いではあるのであろうかなとか、人工知能もまた人類の内であるとするとこれもまた、いずれは衰退するのであろうかなとか、そもそも論でいうならば、生活環境がこのまま維持されることもないという現実もあるわけでございまして。
数億年とか数兆年とかその辺りでは安定した環境がどこにもないということにはなるわけでございまして、いやまあ、そのような遠い未来のことを考えてどうするのですかという、話でもありますが、思いをはせることに制限はなく、ある意味、現状が小さなことであるなぁと、我に返る可能性も見出せるので、有益な面もありそうではあります。
逆に数千年くらいは今の状況が続くのではなかろうかとか、環境的に維持できるのではなかろうかという楽観論はあるわけでございまして、であるならば、税制とか資金繰りとかはかなり楽になる可能性はあるかなとか、管理体制とか主体団体が永続するのであるならば、借金はしたほうがよいという話ではあるのであろうかなとか。
お金の価値は徐々に徐々に落ちていくわけでございまして、それはもう、そういうふうに循環しているとしか言いようがないわけでございますれば、遠い未来に向けての現在の借金は、価値がどんどんと落ちていくので、やりどくになる、ことに違いはないわけでございます。利子を低くして貸し出しをすればなおさらでありまして。
これはお金を作っている主体にも言えることでありまして、一千年先に返しますので、大量に貸してくださいと言って仕舞えば、かなりの量を揃えることができるわけでございます、いやまあ、一千年も続かないだろうという、意見もございますが、少なくとも管理者側とか被選挙権を持っている方々は、堂々とは言えないそれでございますれば、反論は少ないのではなかろうかなとか。
お金の価値が、一千年後に十分下がるように運営していけばよろしいわけでありまして、ある意味国の常套手段であるのではなかろうかなとか、いやまあ、結局のところ資源をどう確保していくのかという問題ではあるわけでございますが、総量が決まっているのであると、やはりそこが詰まってしまうわけでありまして。
となりますと、基本改革というか開拓になるのであろうかなとか、少なくとも百年以内くらいには木星あたりまで定期的に往復できる資源調達手段が必要になるのではなかろうかなとか、いやまあ、劇的に、熱効率の良い発電方法とかが生まれたりする可能性もあるわけでございまして、この辺りの開発とか政治的な立ち回りとかを計算してくれるような人工知能が求められていくのであろうかなとか、いやもう全部政治も任せてしまえとなると、ちょっと喜劇的な小説の種にはなりそうではあるかなとか、ぼんやり連想したあたりで、おしまいです。
「お金でお金を稼ぐとこと禁じた宗教もありますね」
「錬金術って別の意味合いで使われるようになってきました」
「知能で知能を育てるということと似ているとは思うのですけどね”旦那様”
一番最小単位を操ることだできればワンチャンあるのでは?”奥様”」




