1966_一月がいったな、クククやつは、何だろう?
稀によくある日付の話題です。本日は2023年2月1日水曜日、1月が昨日で終わりました、よく、いく、にげる、さる、とか言われる三大巨頭の一つが終焉を迎えたわけでございまして、別に感慨深くもないけれども、時の流れは早いという人も多いのであろうかなとか、四月まで含ませて、四天王を名乗らせるか、師走を四人めとして数えるのかとか、魔王はどの月なのであろうかなとか、想像していると、結構楽しいのかも知れませんという無駄話です、今日もよろしくお願いいたします、ゴブリンです。
もう、ひと月が過ぎたんだと、というような愕然とした表情をしているような気がしますが、体感的には結構長かったんじゃないでしょうかね?幼児としては?今日も元気可愛いですな。
大体一年は365日でありまして、それを12にわけで月を設定しているわけでありますから、単純に、30日を7回、31日を5回にすればよろしいのではなかろうかなと、想像するわけでございますが、なぜか、二月は28日になっているのでありまして、ちょっと不思議であり何か理由があるのであろうかなとか、思い至ったりします。
ちょっと調べれば分かりそうな気がしますが、ここは無駄話でありますので、仮説を大胆かつ不敵に突出させることで時間を稼ぐべきではなかろうかなという展開になるわけでいつものことではありますが、さて、どうゆうふうなお話にしていこうかなとか、ぼんやり想像していくわけでございます。
まず、実のところ二月の28日が基本ではなかったのかというのはどうでありましょうか?つまるところそれは7の4倍であり、一週間が4回繰り返されることによる、ぴったり感がちょうど良かったのではないかなとか、つまり、ひと月28日の、12回で、一年の暦を作っていたのではなかろうかとか。
28かけることの12でありますから、336日なわけで、実はこれでは一年に29日くらい足りないので、一年を十三ヶ月にすれば良いわけであります、こうすると、364日になりますから、一日をどこかに足すか、特別に、月に含まない日にして仕舞えば、こうすっきりするわけでございます。
しかし現状十三ヶ月になっていないということは、どこか無理があるのであろうかなとか、予想できるわけであり、つまりこれは、基本の28日にそれぞれの月毎に、二日か三日足していったのではなかろうかなとか、それでもどうにか形の良い暦になるのではなかろうかとか、予想するわけでございます。
それではどうして、それぞれの月に加えていったのかというと、やはり権力者とか、その手の支配者の都合があったりしたのではなかろうかなとか、日数と権力、管理者との関わりで、一番最初の思いつくものといえば、これは給料ではなかろうかなとか、日付が増えればそれだけ、その月は働くことになるので、お給金が増えるわけであり、そうつまり、これは労働闘争であったわけであります。
月の給料を増やすために、その月の日数を増やそうとする勢力と支払い能力が乏しいというか、おぼつかない管理者、資本を持つものとの、綱引きめいたものがあって、月の長さが決められていったのではなかろうかという話であり、では二月はどうしてそうならなかったのかというと、税制上都合が良いものがあったのではなかろうかなとか。
どこか少ない月を基本にして所得税を決めていたと考えると、それを二月にしようとした労働者の知恵とか、もしくは、節税対策を鑑みた、経営者というか、税理士さんの腕の見せ所であったのではなかろうかなとか、なので、二月は日数がそのまま少ない、28日のままで切り抜けられたのではなかろうか、とか。
あとは、お誕生日の絡みであろうかな、とか、祭りでもよろしいですが、その月が終わるまで祝い事が続くなら、それはその日数は多い方が楽しいでありますので、祭日を増やすために、その月を28日から増やしたのではなかろうかなとか、もしくは偉大な大王を讃えるために、その日付を追加でせっていしたのではなかろうか、神様を祀るのでも良いかも知れません、それが、こう、一般化していったのではなかろうかとか?
農耕の周期的に月の日数を調節した方がよいとう仮説もふと頭をよぎりましたが、まあ、結論も出ませんし、実際に調べもしませんし、別に知りたいとも思わないままに、終わります、無駄話なので。
「神様周りで月の日数が決まったりすることもありそうですね」
「太陽と星の関係で、そうなったような感じもありそうです」
「どの神話がもとになったのかで論争が過激になりそうですな”旦那様”
天体の動きが結構鍵になりそうではありますな”奥様”」




