1957_はなから華がある鼻に抜ける、山葵。
匂い香りは食事の主体になるのではなかろうかとか、食事というよりは食道楽の方面であるのであろうかなとか、口腔から鼻腔に抜ける通り道での感覚、鋭敏なそれは、かなりの影響を与えるのであろうかなとか、ではこの香りやら味やらに何か工夫ができないであろうかなとなることが自然な流れであったりするわけであり、それ用の香料が開発されたりするのでしょうな、とか何とか、食通ぶったようでそうでもないような感覚で始まる今日のゴブリンでございます。
味の濃ゆい食べ物は苦手であるけれども、甘味はちょっとしっかり感じた方が好みなのであろうかなとか、体がそれを欲しているのでしょうかね幼児は。今日も元気可愛いですな。
辛味は痛みであるのであるならば、香りが痛いということであるのであろうかなとかいやまあ、苦痛であったり毒であるという判断が、どう回って美味いになるのであろうかとか不思議に思ったりもするのではなかろうかとか、要は、普段感じていない刺激が面白いとか、そのような感じではなかろうかとか。
体内にこれは入れて良いものであるのかどうかわからないと判断されるような、味や香りのものを、脳味噌は美味しいとして処理してしまう、不具合と申しますか、その落差が感情を揺さぶってしまうのではなかろうかとか、快感に変換してしまうのではなかろうかなとか、苦痛が楽しいとか快楽になるようなものでありましょうか。
個人差があることは確かであり、およそ味覚が劣っているというか感度が低い方が、強烈なからさを旨味というか、快楽に感じるのではなかろうかなとか、味覚障害の方が、味のしっかりわかるような食べ物を好むような感じではなかろうかとか、それでいて体にはそれほど悪くないような物質とかが、求められていくのではなかろうかなとか、であるなら、それは香りではなかろうかとか。
胃には届かないことが前提で、香りだけを楽しむような食事がありそうなものであり、ある種のお茶ではそのような楽しみ方をするのであろうかなとか、そのまま香道と言いますか、香りだけを楽しむ嗜好品はあったりするわけでございますが、逆にそれと共に無味無臭の食べ物を摂取するようにすれば、食糧的なあれこれを解決できるのではなかろうかとか。
脳味噌に直接信号を送って、食べ物を味を感じさせることができるとしても、こう香料だけでその代わりができるのであれば、かなり効率的というか資源の節約になるのではなかろうかなとか、なんでも美味しく食べれるふりかけのようなものでありましょうか、似たようなものはすでにありそうではありますが。
未来の道具として実際に登場しそうではありますが、というか空想上ではそれほど珍しい道具ではないのではなかろうかなとか、となりますと、食糧的には、栄養素だけが問題になり、味は、むしろしないほうが良いのではなかろうかという方向に行く可能性があるのではないかなとか、料理の概念が変化するようなものでありましょうか。
香料の調合が主体になり、固形物はどれだけ効率的に安全に健康に配慮して摂取できるのか、味やら香りやらは出来るだけしない方向へと進化していくのではなかろうかなとか、料理人の技術は、その次元へと変化していくのではなかろうかとかなんとか、または全く別の体系として維持されていく、趣味の分野へとなっていく、可能性もあるのではなかろうかなとか。
資源の枯渇に対応するには実のところ多少無理があるような展開ではあり、なぜならば、そのままの食材の味を変化させずに工夫して食べるようにしたほうが、安上がりである可能性があるからであり、費用対効果のお話になるのではなかろうかなとか、いやまあ、安価にそのような調味料、香料が生産できるのであるならば、また別なのであろうかなとか。
こう、食品にふりかけるのではなく、口に含んで溶かすと、一定時間続くような錠剤状の何がしという形状もありそうではあるかなとか、何を食べても美味しく感じられるお薬というものであり、ある意味、現状でも、家庭環境を円満にする道具になり得るのではなかろうかとか、いやまあ、使用を知られると、そうではないのであろうかなとか、この辺りは、料理の話ではなく、対人関係の方向へといくのであろうな、とか連想を発散させておしまいです。
「天上の味とかも再現できたりするのでしょうかね?」
「秘密道具って実は結構実際に登場したりしてるんですよね」
「空腹を促進する香りとかはありそうですな”旦那様”
あったらいいな、では作ろうという精神はすごいと思いますな”奥様”」




