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1950/2616

1950_かがみんとかは神格化する偶像。

 創作物が崇め奉られるようになることはそれほど珍しいことではなく、大元の神様とか仏様とかそのままそうであったのであるのであるからして、むしろ自然な流れであると言えるわけであり、ただ、それが現実に存在していた人物とかであるとするとちょっと昨今怪しく捉えられてしまうわけであり、この感覚は実のところ古代でも変化なかったのではなかろうかなとか、始まりはいつも新興宗教であったとかなんとか、ぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 悪いことをするところは神様が見ていますよ、という文句は、意外と幼い子供には効果がなかったりするようような気がします。想像力の差でありましょうか。大人の方が効く場合があるようにおもえます。今日も元気可愛いですね。


 鰯の頭も信心からとかなんとかいうわけでございまして、まずは信仰心があるならば何物の尊いものになり得るという話であろうかなとか、それは物質によらず概念やら行動やらそのてのものに焦点があたることもあるのであろうかなとか、であるならば文章そのものに神様を見出すこともあるのではなかろうかとか、ある意味呪文となるわけでございまして。


 よくみる文字の並びであるのであるけれどもそこに信仰を当てはめるとかなんとかはできそうでありまして。そこに何か意味があるのかどうかは関係なく、なんらかの意図やらを読み込めるように改変してしまう意識があるのではなかろうかなとか、それは洗脳にもにているような感覚ではありますが、信じてしまうことに明確な不利益がなければそのまま流されてしまう可能性でもありそうではございます。


 利益があるから唱えるのではなく不利益がないので、同調するような感覚であるのではなかろうかなとか、共通認識ができて対話がらくになるという利益があることの場合があったりするわけであるから、信じることによる利益だけを享受するような立ち回りをしてみたりする方も多いのではなかろうかなとか。


 迎合することによる不利益を見出してしまう、再発見してしまうことによって離れようとするも、そこまでの柵が邪魔をして行動を阻害してしまう、その未来を見越して丁寧に距離をとるやり口もまた、効果的であるとは言えるのではなかろうかなとか、自然に皆がそうなればまた高い舞台へと全体が押し上がるのではなかろうかという話もちらほら聞こえてくるわけでございますが。


 それに価値を見出している好きであるという方からそれを取り上げることはこれは罪ではなかろうかとか、罪と罰の概念もまた宗教的ではあるわけでございますが、子供かからおもちゃを取り上げるような罪悪感とかが生まれる可能性はありそうではあり、いやそれは精神的な成長の妨げになるので排除したのですよという、理屈そのものが、幼いものであるのではなかろうかなとか、内省を促すことになる展開もあり得そうであり。


 それは文化として熱狂するものとして大切なものであり、存在している意義なのであるから取り上げないで欲しいという気持ちが強い可能性が高いのではなかろうかなとか、つまるところ微笑ましいわがままであるとかそのようにみられる場面がありそうであり、それは高い立場から見下しているのではなく、お互いの山からそちらの山の風景を見ているような感覚であるのではなかろうかなとか。


 妥協が必要であるのではなかろうかなとか、趣味のことに口を出さないで欲しい、邪魔をしないでほしいという欲求を互いに認め合うことが必要なのであろうかなとか、一方的に否定して排除することによる不利益と申しますか資源の浪費を避けるべきではなかろうかとか、棲み分けをすることで回避することが求められるのであろうかなとか。


 どこかしらに関わってしまうくらいに近い世界であることが不幸であるわけであり、つまるところ広い環境が必要であるのであろうかなとか、とりあえず物理的な距離を広げることが大事なのかもしれないけれども、再接近時には大きな衝突を生みかねないわけであり、この辺り、学習が大切になるのではなかろうかなとか。


 感情が大きく揺れることを好むのであるならば、衝撃的な出会いを演出するために距離を置くというやり口も効果的かもしれませんが、それを受け止めることのできる素地がなければ不幸な結果になるのではなかろうかなとか、ぼんやり連想しつつ、おしまいです。


「杜撰な会計をしていることと信仰心があることはまた別の話ではありますね」

「節度を持って宗教をしていただきたいですね」

「信仰を使って責任を放棄するというのもまた正しい使い方ではあります”旦那様”

 用量用法を守って適切に使用して欲しいものです”奥様”」

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