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1933/2616

1933_メガギガテラペタ与太。

 扱う単位が大きくなりすぎると現実味がなくなるのではなかろうかなとか予想していたわけではございますが、比例して一つ一つの物量も大きくなってしまう、この場合は情報量というべきであろうかとか、違和感が薄れてしまうことになるのであろうかなとか、現実に即した画像、画素であるとすると、実のところ、光の粒子くらいまで細かくなるのであろうかなとか、いやまあ、網膜の感覚器が大きさまでで勘弁されるような覚えはあるわけでございまして、などとぼんやり限界やら境界やらを思考しつつ始まる今日のゴブリンでございます。


 私たちには見えないものをみて納得したり笑ったりしてませんかね?今日も元気可愛いですね。


 感覚器の最小精度が性能の差ではないと教えてくれようという話ではなかろうかなとかある意味想像で賄ってしまうところがあるのではなかろうかとか、思考というか脳みその最小単位はこれは実のところ光の粒子並みに細かいところまで、把握しているのではなかろうかとか予想するわけでございまして。


 視覚情報から入ってくるものを処理しているのであろうかなとかより細かいものに、感覚が細やかになっているような感じであろうかとか、逆に大雑把に切り捨てて処理しやすいようにしている分野もあるのであろうかなとは予想できるわけでございまして、時と場合によって、それらが分かれているのであるかどうかという話かもしれないわけではございますが、過去の映像を脳内に再生するときに、より細やかなものへと変質させることが可能である可能性もあるのであろうかなとか。


 ある意味特殊能力に近いものではなかろうかとか、写真記憶とはまた別の分野ではなかろうなあとか感覚器の能力を超えて補正した映像を、脳内に出力するような感覚であろうかなとか、それに加えて、たの感覚も合わせて、印象を操作するような流れになっているのではなかろうかとか思考が疾走するわけでございますがいかに、この過程を得ることによって、芸術への深みというか表現の幅が生まれる、という感じでもあるのではなかろうかとか。


 どれだけ、脳内で響き合わせることができるかという話だけではなく、同時に入ってくる情報とどのように接触させるのか、干渉させるのかで、また結果が変化していくのであろうかなとか、そしてそれは運不運が大きく関わってくる分野でもあり、芸術は運命というか、幸運か悲運によって作られるという言葉を肯定しまくる可能性が大きいのではなかろうかという予想ができるわけでございまして。


 では個々の努力は全て無駄になるのでなかろうかという意見はある面においては正しいわけであるのではなかろうかなとか、全面的に肯定してしまっては、意欲を削いでしまうことになりかねないわけではあるけれども、間違った方向に熱量を注ぎ込むことを防ぐ役割は果たせるのではなかろうかなとか、いやどこが間違っているのかを誰が決めるのかというと、これもまた問題になるわけでございまして。


 主体性を持つものがその間違えを認識するかどうかが大事なのであり、それを認めさせることができなければ、状況は変化しないのではなかろうかとか、いやまあ、それが間違いであることは自他ともに認めているのではあるけれども、それをしてしまうと、今までやったことが無駄であったと認めることになりかねず、あえて、目を逸らしてしまうということも、ありそうではあり、さらにいうならば、間違えであったという認識が間違えであるという可能性もあるのではという救いに、自らを追い詰めて落ちていくような流れもありそうではあるかなとか。


 認めたくないという感情なのであろうかなとか、そのまま認めないまま、勝ち逃げできるかどうかを試しているのであるかもしれないとか、思考を停止したまま、消え去ればそれは、勝利ではなかろうかなとか、そのような発想が、認識を歪めたまま世界を形作っている、とかなんとか格好をつけることが可能になってしまっている環境があるのではなかろうかなとか。


 とっくの昔に滅びることが決定してしまっている文明であるならば、好きに生きて何か悪いのであるかという発想が根底にあったりするのかもしれないとか、誰が滅びると決めたのかを知らないで、安きに流れてしまっているかもしれなわけではありますが、滅びないものはないということもまた真実であり、まあ、足掻くか受け入れるか無視するかくらいしか選択肢がないところが、楽しそうではありますな、おしまいです。


「滅びたときに救われるから神様を信仰しようという発想になるのですね」

「どうにか誤魔化して滅亡を先延ばしにしようという発想もありますよ」

「受け入れてしまっている人格の集まりではあるんですよね”旦那様”

 いつか滅びるから今そうしよう、とはならんのですよな”奥様”」

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