1872_栄華を極める、衰える根っこ。
衰退というのが正しく反対の意味合いなのでありましょうかね、絶頂期であるならば、あとは降るのみであるという意見は正しいわけではございますが、まだまだ上がる可能性もある方が希望を持つことができるのでありましょうか、ただ、分野ごとに乱高下している可能性は大きいわけでありますし、それが普通ではありますので、ここが全ての絶頂であるとは普通にならないのではなかろうかなとかぼんやり連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
この世の春を謳歌している幼児という感じではありますね。お手軽でよろしいのではないでしょうか?今日も元気可愛いですね。
何を持ってして栄えているというのかといいますと、全体的な雰囲気であるという話になるのではなかろうかなとか、衣食住がしっかりと保証されていて、娯楽も充実していることがそれに当たるとするならば、すべての方がそうなっている環境が未だかつて存在していたのかという素朴な疑問も浮かんでくるわけでございまして。
なんらかの階級に負担を押し付けているのではなかろうかとか、自然とかそのような環境に大きな負荷をいれて豊かさを演出しているのではなかろうかなとか、そのような考えも浮かんでくるわけでございまして、資源を消費した結果が現状の幸せであるならば、それがなくなれば終わることは確かではありそうでありますね。
無限の資源は存在しないわけではございますが、それに近い何かは目に見える範囲ではあるわけでございまして、主星、恒星の類であるのであろうかなとか、そこから効率よく熱量を奪うことができれば、数千年単位で安定した社会を構築することができるのではなかろうかという夢想はされる方が多いのではなかろうかとか、予想するわけでございます。
実現にはかなりの資源が、初期投資が必要になることは予想が容易く、それに耐えうるべき基盤がそもそも作れるのかという心配は常につきまとうわけでございまして、しかしやらなければ衰退するのみであるとなれば、どこかで多くを切り捨ててその方向に進む可能性があるのではなかろうかとか予想するわけでございます。
間に合うかどうかはまた別の問題ではありますが、諦めてしまったらそこで文明は終了してしまうわけでございまして、やはり生存戦略と申しますか、生きるものの本能と言いますか、不快を避ける行動指針でどうにかしてしまう、流れもありそうではあるかなとか、想像するわけでございます。
枯渇して奪い合って、資源の消費先を少なくして行って、維持して誤魔化していくという流れは、これは結構想像しやすい未来ではなかろうかなとか、その辺りを歪ませないように整えて行政、管理を進めていく必要があるのではなかろうかとか、ある意味消費を抑制する必要が常にあるのではなかろうかなとか。
市場に任せたままであるならば、非効率な資源消費を続けてしまうので、管理者側が調整に当たるという感覚は自然な流れではあるのではなかろうかなとか、個人の欲望を集団に利益のために抑える流れであるのではなかろうかとか、そもそも欲の質を変質させる働きみあるのではなかろうかなとか。
物理的な再生産が難しい資源をできるだけ消費しないように、個人の嗜好を誘導するような感覚であるのではなかろうかなとか、そのように想像するわけでございまして、しかし締めつけすぎると、内緒で色々やらかしてしまうこともまた確かではあるわけでございますので、塩梅が難しいわけであろうかなとか。
勿体無い、という言葉を旗頭に、学習を進めていく流れもそうなのではなかろうかなとか、経済は実は回さない方が現状いいのではなかろうかとか、少子高齢化は社会の小規模化を促進していっているので狙い通りであるとかなんとか、地方を自然に切り捨てることができるとか考えている方も、いくらかはいそうな気がいたします、邪推の類ではありそうではございますが、まあ、無駄話の種でございますし、悪意はありません、善意もないわけでございますが、と、この辺りでおしまいにしとうございます。
「清貧であることが尊いという宗教は多いですよ」
「直面の無駄を省くと大枠で大きな無駄になる場合もありますね」
「欲求のまま生きると色々まずいのではという意識なんでしょうね”旦那様”
広い視野を持つものに権力を与えた方が良いのでしょうな”奥様”」




