1866_えいっとまんた。
海洋生物は未来の形をしているような気がすると言いますか実際にそのままの姿で宇宙船にしているような小説があったような覚えがあるわけでございますが、見慣れないけれども機能美が判別できる生き物というものとしてはかなり身近な例なのであろうかなとか、ぼんやりと想像しながら、始まる今日のゴブリンでございます。
魚からのちんあなごという動きですが、どこで覚えてきたのですか、模写ですか、可愛すぎますので映像に残したいのでもう一度お願いします。今日も元気可愛いですね。
自然界の形を真似ることで効率を良くしていこうという試みには一定の効果があったのではなかろうかなとか、門外漢ではありますが、予想するわけでございまして、そうでなければ生き延びてこれなかったのであるという結果からの模倣となりますので、それはそれなりに理屈がたちそうではあるかなとか。
ただ、生き物が生息する自然以外の箇所においての形状はこれはまあ未知の分野と申しますか環境でございますので、そのまま模倣するわけにはいかないのであろうかなと言いますか不自然な姿形をしてしまうこともありそうであるのではなかろうかなという予想が立つわけでございまして。
球形か楕円形もしくは涙滴形が選択肢に多く上がるのであろうかなとかもしくはそのどれでもなく抵抗とかがない空間を進むような乗り物とかであるならば別の要素を重視するような作りになるのではなかろうかなとかも連想できるわけでございます、そこであえて人型の巨人にする意味はあるのであろうかなとか。
浪漫以外の何者でもないという意見もございますが、無重力で姿勢を制御するための慣性的な力を生み出すために手足をつけたという意見もあるようでございまして、なるほど、理屈ととくほんはどれにでもつくという諺には一定の真実が含まれているのであろうかなとかぼんやり連想するしだい。
大気圏内を進む飛翔体に手足をつける意義はやはりないのではなかろうかなとかしかし変形してしまうのもまた違うわけでございまして、やはり浪漫と申しますか運用する方々の精神的優位性とか、肯定感を刺激するためにそのような形状にしているというお話もありそうな形でございまして。
格好良いものがやはり使いやすいと申しますか、使っていて嬉しいという発想なのであろうかなとか、無意味に角をつけてしまったり、赤く塗ってしまったりする行為は人が動かす、運用するからこその工夫であったりするのであろうかなとか、予想するわけでございまして。
綺麗に格好良くもしくは可愛く仕上げてしまった兵器に対して愛着を沸かせてそれを使う消費する破壊するなんてとんでもないというような感情を湧き上がらせてしまうことによって世界を平和側に惹きつけるとかの流れは普通にありそうではあるのではなかろうかな、とか、妄想を広げるわけでございまして。
こう並べて格好良いだろういやださいね何おうこの姿勢の美しさがわからないのかねいやさ一週間待ってごらんなさい最高とはないか知らしめてやろうではなかろうかみたいな平和的な競争対立で世の中の資源を消費していけば良いのではなかろうかなとか実際に使ってどうすると真顔で言える兵器しかない世の中というものもある意味かなり平和ではなかろうかとかおもちゃで遊んでいれば満足してくれるならばそれはそれでよろしいのではなかろうかなとか思考するわけでございまして。
こう口喧嘩で終わらせてしまうような流れの方が平和ではあるかなとか手を出したら負けであるからしてしかし挑発して迎え撃つような流れもまた物騒ではあるわけでございまして加減が必要なのであろうかなとか見せ物としての喧嘩として洗練させる流れにすることが実は政治家の腕の見せ所とか技術ではなかろうかなとか予想するわけでございまして、なるほど、真面目一辺倒ではどうしようもない世界なのかもしれないとかいやまあ、誠実に真面目というのも十分売りにはなるわけではございますが、良い政治家を育てるには良い市民が増えなければならないとか、かなり難易度が高いが時間がかかりますよねという感想が生えてきたあたりでおしまいです。
「月に数回単位で開戦理由が飛んでくる環境ってそうないですね」
「独裁者は楽観主義に陥りやすいという話でしょうか?」
「いつ終わっても良いかなという人が多い印象はありますな”旦那様”
引くに引けないし自浄作用も期待できないしわやくちゃですな”奥様”」




