1831_ハイになるまでスカイ。
あなたが信じてくれるなら、空だって飛ぶことができる。これは日常的には空にいない方がいうならば、真摯な口説き文句に聞こえなくもないけれども、航空機の運転手であるなら、いやまあ、毎日やってることだよね、と受け流される可能性が高いというか、その手の冗談である、のではなかろうかなとか、湖の水を飲み干すことができるなら、効果は高いのでありましょうか、今はこれが精一杯なゴブリンがお送りします。
跳び上がることはできても、空に浮くことは、できないんですよ、普通の幼児には、特殊ですからね?今日も元気可愛いですな。
空への憧れは古くからあるのであろうかなとか、どうにかして、そこに至ろうという気持ちが、脈々と受け継がれてきた結果の航空機発明であるのではなかろうかなとか、いやまあその浪漫な空間にすら争いを発生させるというか、戦場にしてしまうのが、業というものであるのであろうか、などと。
上をとったほうが有利というのは、視界が開けているからでありまして、要は情報量の差が選択肢を増やして、対応を効率的にさせてくれるということである、ことに加えて、邪魔されずに移動ができるという点もあるのであろうなぁ、と、普通のことを連想してみるわけでございます。
よくよく考えてみると、対抗する物体が少ない、障害物がほぼない中空を移動する運輸は、これは安全ではなかろうかなという理屈が成り立つわけでございまして、そう簡単には、衝突とか事故とか、車両同士では行われないわけでありまして、陸上より安全な航路と言えるのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
であるからして、一度発生した事故やら事件やらは、印象に残ってしまうので、空の旅には危険がつきまとうという印象ができてしまう、のであろうかなとか、想像するわけでございます。ある意味、風評被害であるとも言えるのではなかろうかなとか、ただ、悪意を持ってして阻害しようとすると、助かる道が少ないのも確かではあるわけでございまして。
恐怖で政治をどうにかしようとした事件というもので、利用されたこともあるわけでございまして、旅客機を特攻兵器に変えてしまおうとう発想は、空想はされたことがあったかもしれませんが、まさか実際にやってしまう方が出るとは、思わなかったのではなかろうかなと、想像するわけでございます。
結果として、安全度が上がってきていることは、皮肉でもなんでもなく、自然な流れでございまして、何らかの不具合が発生した後ほど安全なものはないという流れであるのであろうかなとか、いやまあ、これが、単なる迷信である場合もあるわけでございますが。
一度着弾した後にはしばらく攻撃が来ない、というやつであるのかな?とか。いやまあ、これも、同じところばかり狙うのは効率が良くないという心理の逆をついているという話ではあるので、一概に迷信と言い切る程度のものではないのかとか、想像するわけでございますが。
守るよりも攻めるほうが、安心するという心理はありそうではありまして、なので、攻撃的になることが自然な流れであるという、発想はありそうでありまして、違いに攻めているような気分になりつつ、実際は、均衡しているようにすることが、平和な世の中を作るということになり得る、のであろうかなとか。
いや本当に侵攻してどうするのですか、という嘆きが見え隠れしそうな気がしますが、目指す、そこに浪漫を感じる、挑戦する、挑む、それは良いのですが、実際にそれを始めてしまうと、違う、そうじゃないのですよ、と、実行に移すのは、駄目なのですよという、意見がどこからか聞こえそうな、昨今でございますね。
半年も間違い続けているんですよね侵攻側、どう収める算段なのでしょうかね?とか他人事ですので適当に呟いて、おしまいです。
「過ぎた知識は不幸を呼ぶので禁止するという宗教もありそうですね」
「やれそうだからやってみただけなのにどうしてこうなった、とか?」
「先細るだけではありますが、延命はできそうではありますな”旦那様”
後先を考える協力者が必要でしたんでしょうな”奥様”」




