1821_さかなの上の蜘蛛。
別に腐敗しているような感じはしないですが、あまり食欲が湧かない組み合わせでは在るかもしれないですね。いえまあ、昆虫食に忌避感がないので在るならば、美味しいものの組み合わせである可能性はあるわけでございますが、甘い、らしいですよ、8本足のお方。魚は魚で、どのように調理してあるのかが、気になりますが、いやまあ、踊り食いでなければ、よいのでしょうか?ちょっと苦手な人には、困るような絵面を想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
好き嫌いなく食べるようにしつけることは、かなり難しいわけでありまして、普通に吐いてしまうわけですよね。なので、総合的に栄養が取れるように工夫するわけですね。まあ、実際は好き嫌いがないというか、若干下手物でも嬉々として食べたりするわけですが。今日も元気可愛いですね。
坂の上の雲で在るならば、有名な小説の題名であるわけでございますが、内容を読まずにその内容を予想すると、結構幻想小説で在るのではなかろうかなという予想ができるわけでございまして、急な坂道を登っていくと、そのまま雲へと進んでしまうような?
大空に幻想的な国家が存在するという幻視もできるわけでございまして、古来からの題材としては、空中都市とか、飛行都市とか、浮遊大陸とか、天空に浮かぶ城とか、豆の木を登坂してたどりつく巨人の住居とか、まあ、同じような発想は多いのではなかろうかな、とか。
現実には存在しない夢幻の象徴という意味あいで、空高く、雲の中にある何かと使用するというやり口は古来からあるのであろうかなとか、実際にそこにあると信じで、冒険をする方も、居られそうではございますが。雲が水蒸気と埃によって作られているものであるということが、きっちりと判明した結果、絶えてしまった妄想である、のかもしれません。
いやさ、その妄想は亡くなっておらず、不可思議な雲が存在するのであるという設定を引っ提げたりして、鳴り物入りで打ち行ってくるようなお話も、少なくないわけでございまして、気象兵器とかの文脈で、嵐、積乱雲の中に、何かを隠しているという浪漫を体現してしまうやり口も、新しくはないわけでありまして、むしろ定番ではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
空に浮かぶ大地にどうして惹かれるものがいるのであるかというと、それはやはり自由の象徴としてみることができるのであろうかな?とか、国や国境にとらわれず、自由気ままに、流れていく、ような印象があるのであろうかと、いやまあ、実際にそのような大地が存在したとしたらば、法律上どうなるのであろうかな?と疑問にはなるわけでございますが。
公海上に突如として出現して、どの国の領土も侵さないのであるならば、存在を認められることにはなりそうではございますが、では誰が所有するのであるのか?となると、早い者勝ちになりそうではあります。そこに近い国家が領土として宣言し、ややこしい展開になるという可能性も高そうではありますが。
それが、周期的に各地を回るような軌道を取ったりすると、さらに話はややこしくなるのであろうかなとか、落下物の危険性とか、諸々の事故やら災害やらの責任を気にするならば、むしろ誰もそれの所有権を訴えない可能性もありそうではございますが。
現状未知のどこの領土でもない地点で、島を発見した場合、その土地の所有権はどうなるのか?という問題に近いのではなかろうかな?とか。これは中空に浮かんでいるものでは想像しにくいですが、海の上に浮かべた大地とかになると、いくらか現実的な対処が必要になる?近い未来の事件になる?のかもしれないなあ、などと同時に、滅びの呪文を仕掛けてあったら面白いかな?と無責任な感想を呟きつつ、おしまいです。
「たどり着けないからこその神秘的な舞台設定だったわけです」
「科学が新しいロマンを作るのです」
「どうせ誰にも分からないだろうという適当さ、おおらかですな”旦那様”
月にはまだ兎がいる余地が残されていますね”奥様”」




