1794_九曜、食うよう、飽食、餓鬼、ギガ。
資源で一番大切なものは食料である、とかなんとか、ありそうではあるかなとか想像するわけでございますが、異論があるでありましょうか?安全が大事という意見もありそうではありますね、衣食住で最初に来るのは衣装であるとかであるからして、環境への備えが最初にこなければ、そもそも存在できないという言い方もありそうではあります。発音がしやすいというだけの理由かもしれませんが、などとつらつらと思考しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
少なくとも幼児の一番大切なものは食べ物であることは、間違いないように思えますね。大きくなりなさいね。今日も元気可愛いですね。
貧すれば鈍するとか、礼節を知るには、衣食住が足りていなければならないとか、そのような教えがあったりしますが、おおむね間違ってはいないのではなかろうかなとか、社会やら構造の安定を図るには、これを重要視しなければ、やっていけないという歴史は、すでにあるわけでございまして。
ただ、食料というものに関しては、ほぼ十分な量が環境的に揃っているのではなかろうかという試算はあるようでございまして、ただ、輸送資源が足りていない、可能性が高いとか、構造的に行き渡らないような歪さが見えるとか、しかし見方を変えると、健全な市場が形成されてしまっている、とも言えそうでありまして。
より利益を上げようとするならば、高く多く購入してもらう対象に、それを集中させることが効率的である、わけでございまして、それ以外を切り捨ててしまう流れになるわけでございます。つまるところ、もうけの少ないところには行き渡らないという、全体で生き残ろうとする生物の仕組みとしては歪んでいってしまっている、ように観察できるわけでございます。
生産性が見られない環境は切り捨てたほうが儲けが大きくなるという発想は、それほど間違いではないわけでございますが、短期的な視点であるということもまた正しいと、思考するわけでございまして。つまりは、市場が広がらないという話ではあります。先細りしかない儲けの手段と言えそうではあるかな、と。
経済は水物でありまして、実際のところ、どうなるか未来がよくわからないものというものは、経済に限らず、ほぼ全てで言えたりもするのでは、と予想しているわけでございますが、であるならば、多種多様な市場やそれにつながる芽を残しておいて、育てておくことが、冗長性を確保する、安全性を維持する、上手なやり口ではなかろうかなという、予想がございます。
短期的でも利益を上げなければ存続できないような競争社会である、ことが、そもそも間違いであるのではなかろうかなと、つまりは、過度な競争になってしまっている、ということであるのであろうなぁと、これはまあ素人でもすぐに思いつく現状ではあるわけでございます。
ではどうすれば良いのかというならば、これはまあ、管理者側の介入が必要になるのであろうかなと、予想するわけでございます。簡単なそれは、税率の上下であろうかなと、税をかける対象の変更とかでもありそうではありますが。市場を広げたいのであるならば、全体的に税を引き下げ、消費を促せば良い、のではなかろうかとか、予想するわけでございまして、これはまあ、それほど珍しい意見ではなく、誰もが簡単に発想するものではあるかな、と予想できるわけでございます。
ではそれがなぜ為されないのかというならば、これはもう、構造の問題でありまして、管理者側に十分な資源を確保する、余裕のある財政を用意しておき、どうにも予想できない未来に備える必要があるという、真っ当な方策が、邪魔をしているわけでありまして、これはもう、そう作ってしまった故の弊害であるとしか言えないわけでございます。
最初が少し間違えていて、それをそのまま補強していきまして、徐々に徐々に構造が硬直化していきまして、それを崩す方策やら組織が育たなかった、結果なのであろうかなと。柔らかくなるには同程度の時間はかかるだろうかな、とか、ぼんやり予想しながら、おしまいです。
「神もまた流転する、むしろ定まり切らないことが必要なのでしょうかね?」
「意味の薄れたしきたりは徐々に消していくべきでしょうね」
「根本は変わらず、時代に合わせるくらいがよろしいかと”旦那様”
伝統との兼ね合いが必要にはなりそうではありますな”奥様”」




