1790_トリニティ、三位一体、良いところ。
有利な点をまとめたものは、より有利であるのかどうかという命題があるのではなかろうかなとか、いやまあ、美味しいものを全部入れたら美味しいものができるのではなかろうかという論理は、結構破綻しているわけでありますので、あくまでも均衡を保つことが前提であるのではなかろうかなとか、暴力的な料理の存在を知り驚愕することしかりな今日のゴブリンでございます。
食べ物で遊んでは行けませんが、遊びながら学べるのであるならば、それも良いのではなかろうかなと思いますね。意外と美味しいですね。今日も元気かわいいですな。
組み合わせが大事なのであろうかなとは予想できるわけでございます、つまりはそれぞれの良いところを生かすようにするということでありますが、そうするためには、どのような利点があるのかを知っていなければならないわけでございまして、つまりは有利になる理屈を知る必要があるわけでございます。
この辺り、科学の思考方法が有用であるのであろうかなとか、観察し、推論し、実験し、再現し、考察し、改良し、類似のものを探し、分類し、直感をもとにさらに考察し、条件を揃え、実験し、観察し、事例を集め、過去の叡智を探し求め、議論し、思考を回し、休息し、素直に動き、捻くれて動き、認めてみて、否定して見て、なんやかんや、筋道立てて、網羅していく、ような?
積み上げていく作業が大事であり、そのためには土台が頑丈でなければならず、基礎研究をおろそかにしていると、倒れ被害が大きくなる、急がないで立ち戻ることも恐れずに、とにかく、多数の無数の視点を用意して、可能性を否定せずに、こだわりすぎずに、まれに、妄執しつつ、狂気のように進むこともある、ような、感じでありましょうか。
理論はあるわけでございます、やり口は確定しているわけでございます、あとは、時間やら物資やら、人材やら、資源を消費していくのみであり、資源がまったく消え去る前に、新しき資源を得られるようにするならば、それは延々と続く円環と申しますか螺旋のごとく動きを見せることになる、のであろうかなとか、予想するわけでございます。
過去の経験と申しますか、事例、論文、観察結果、見出された法則をもとにして、新たな、最先端を進むような、それが必要なことが多いのであろうかなとか、例えその先があまり有益に見えないとしても、そこに今まで誰も立ち入っていなかったという一点のみによって、膨大な価値が生まれる、はずなのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
そもそも価値を見出すのは結果論であって、それがなくとも良いのであろうかなとか、勝手にそれを見つける他者が存在するだけで、そこに入り浸る人格にとっては、それがそこにあるという事実そのものに価値を見ている、のであろうかなとか、単純に個人的な快楽であるのであろうかなとは、想像できるわけでございまして。
それに何かを付け加えることは、無粋なことではなかろうかなという予想もできるわけでございます。純粋な知性であるならば、それを守るように動くことが不純な知性体の役割であるのではなかろうかという意見もあるわけでございますが、これは順繰りであり、時間の経過と共に、もしくは環境やら条件やらの作用によって、どのような人格でも、知性の塊、ひらめきの瞬間はあるわけでございまして、そうでない時間帯の人格が補助に回る、ことが求められている、可能性があるのではなかろうかなとか、むしろそうであったからこそ、幸運にも、進歩というか新たな何かが生まれて、それに価値を勝手に見出せてきたのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
ある意味運任せではありますが、環境を整えることは、振れ幅をできるだけ上方にすることができるのではなかろうか、などと、連想を発散させておしまいです。
「父と子と精霊で三位一体という話ではありますね」
「使いやすい数字ではありますね、3」
「諸説あるようですな”旦那様”
答えはいつも3、とか言って見ますか?”奥様”」




