1789_ルフ、食材なら焼き鳥に。
鶏肉は、殺生の理りの外にあるから、食してもよいとかなんとか、あったようでございますが、必要な栄養素を得るためになんとか倫理観といいますか、雰囲気を誤魔化して、妥協しようとしていた工夫があったりして、なるほど、色々苦労されていたのであるかなご先祖は、とか、ぼんやり想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。焼き鳥、美味しいですよね?
幼児には豚や牛よりもあっさりした鳥のお肉の方が好まれる、場合があるようでありますね、油が少ないのが良いのでしょうか?今日も元気可愛いですね。
筋肉を作るには、お肉を食べなければならない、のでありましょうね、それに準ずるものをもしくは同じような栄養を得るためにたの食品に走ると、それはそれで効率が悪い、のであろうかなとか、単純に、焼いたお肉が美味しいということだけで肉食が進んでいった可能性はありますが。
それをうまいと感じるならば、栄養になることが多いのでないだろうかという経験がいつの間にかできている、のであろうかなとか、逆にいうならば、毒がまずいということであるのであろうかなと、ただ、それがたの生き物が食べないようなものであるならば、逆に独占できるわけであり、生存戦略として、無害になるようにしてそれを食べるというやり口もあったりするのであろうかなとか。
生のお肉は危険であるということは、やはり経験上と申しますか、垂直に世代が重なった状態で群れが学習していったのであろうかなとか、当たり外れがあるので賭けであった環境から、熱処理をすれば、大丈夫になったとか、なんとかその辺りの実例が後押ししていったのであろうかとか。
そのあたりの相互的な効果が、食肉の歴史を作っていったのであろうかなとか予想するわけでございます。また、単純に、それが手に入りやすい栄養源であった場合もありそうではありますが。どうでしょうね、狩そのものの難易度は高い場合も多かった、と予想もできるわけでございますが。
一度に狩れる量が、多かった、保存が効かなかった、という予想から、食肉はご馳走になりえたのであろうかなと、つまりは、狩った後にお腹いっぱいになるまで食べることができた食材であった、とか、そのようなものであるのではなかろうかとか。つまりはそれが調味料として作用していた可能性はあるかなとか予想するわけでございます。
特別であり、満腹の象徴が、お肉であったわけであるからして、それを、重要視する流れは、これは自然なものであったのであろうかなとは、想像できるわけでございます、がしかし、これは保存が効くような工夫が発明されてからも、続いたのであろうかというとどうなのでありましょうか?
やはりそこに至るまでの積み重ね、焼いたお肉をお腹いっぱいに食べる、という歴史をこなしてきた結果があるのであろうかなとか、初期の保存方法もあまり精度の高いものでなかったと考えると、貴重な獲物を協力して、大きく得た結果、その場で食べ切るという習慣は、かなり長く続いていたのではなかろうかとか、予想するわけでございます。
農耕が始まって、お腹いっぱいに穀物を食べるという経験が始まったあたりから、お肉の希少性と言いますか、旨味を彩る環境が変化していった可能性はありそうでありまして、また、狩の対象が少なくなっていくとか、殺生を禁じる風習が蔓延るとか、肉食の危険性、寄生虫とか、その辺りでしょうかが重なって、食肉に対する忌避感のようなものが生まれてきた、可能性はありそうではあります。
飽食の時代であるからこそ、食へのこだわりが生まれてきている、という意見もございますが、飢えているからこそのそれもまた、あるのではなかろうかなと、満腹になることが幸せであることは、今も昔もそう変わらないのであろうなぁ、とかぼんやり連想しつつ、焼き鳥で麦酒をやりつつ、乾杯です。
「食中毒予防として肉食を禁じた宗教の内情はありますね」
「ジビエは基本危険なのですよね」
「タブーとされた食材のそもそもの要因ではありますな”旦那様”
生にくの鳥は本気で危ないのですよ”奥様”」




