1769_錠前と言ったらディーラー、古参?
特撮は結構好きな方でありますが、それを得意としている方々に比べると知識が浅いということは確かでありそうであるかなという感想を持っていたりするわけでございます。いやまあ、極めた方はとことんすごいという情報は入ってくるわけでございますが、それはどの分野でも同じなのであろうかなとは、予想できるわけでございまして、人がどれだけいるかが、評価を決めたりもするのであろうかなとか、ぼんやり想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
一生をかけて特撮に傾注するというやり口もそれほど悪いものではないのではなかろうかなとか、私は思うわけではありますが、毎年のごとく新しいおもちゃを欲しがるのは、多少問題があるのではなかろうか?とか。買いますけど。今日も元気可愛いですな。
その趣味は子供向けなので、ある程度の年齢になったならば、しないほうが良いとう意見は、市場を狭くするだけであり、有体にいえば、企業側にとっては敵である、可能性が高いわけでございますが、それでも一定数の声を維持している現状であるわけでございます。
これはしかし、他の趣味へと誘導しようとしていると考えると、結構納得がいくわけでございまして、子供向けということにしておいて、こちら側の、大人側とされる市場へと誘導して、客を得て、利益を得ようとしている、のではなかろうかなとか、高級な単価の高い商品で儲けようとする流れがあるのであろうかなとは、まあ結構単純に予想できるわけでございまして。
それに対応するためにどうするのかと言いますと、大人、と言いますか、経済力のついてきた方々に対して高めの商品を用意する玩具会社が発生する、様になるのではなかろうかなとか、そのままのものを観察できていたりするわけでございますが、ある意味それはおもちゃでしかないものでありますので、余裕がなければ、購入しない無駄なものという感想を抱かれることは確かでもあります。
無駄は余裕であり、人生において必要なものでありますよ、という説得を行わなければならない状態が、実は、結構末期的な経済環境であるとかそのような印象を受けたりするわけでございますが、根拠はそれほどなく、雑感であるわけでありますが、それほど間違ってはいない、のではなかろうかなとか。
通常であるならば、それでも無駄をしたい、お祭り騒ぎのようにして、消費をしたいという欲求が通ることが多いわけでございますが、戦時下の様な、同調圧力がひどい環境であるならば、そこを抑えられてしまう、自重してしまう流れもまたあったのであろうかなとか予想するわけでございまして。
実際にはそうではないのでは、とか、むしろ、消費を多くしなければ、儲けが出ずに、収入が減ることになるので、ますます緊縮していくのではなかろうかなという予想もまた正しいわけでございますが、自分から資源を消費していく方向性にななかなかならず、儲けが出たら、いくらか消費に回そうという、希望だけを持って過ごしていく方が大半になる、のではなかろうかな、とか。
この場合、必要になるのは、利子のない借金ではなかろうかなとか、予想するわけでございまして。いつかは返さなければならないけれども、それはいつでも良く、数百年後に後継者が返還するような仕組みとしておいて、多く市中に回してみるというやり口が良さそうな、感触もあるわけでございます。
金銭の額面上の価値が下がっていけば、その借りを返すことも容易になるわけでございまして、急激な変化でなければ、無利子の融資はかなりの効果を発揮するのではなかろうかなとか、財源は未来だ、と割り切って、設備投資やら、生活環境維持位に回すとか、まあ、その発想は結構普通ではあるなぁ、とか、すでに考えられているのであろうなぁ、とか、ぼんやり想像しつつ、おしまいです。
「神様のお札で生活品が購入できるとか、やった例があった様な?」
「急激でないインフレを見越しての無利子融資は数字的には釣り合いますね」
「宗教団体が独自通貨を作成するのは問題がありそうですな”旦那様”
行政側が仕掛けるには信用さえあればできそうですな”奥様”」




