1755_こう、どちらでもない、囲碁。
神の一手を求めるような漫画が過去にあったような覚えがあるわけでございますが、以前にも話題にしましたが、特定の遊戯を突き詰めた物語は、その解説に時間を割くと流れが悪くなる場合が多く、楽しませるには技術が必要になる、ように観察されるわけでございまして、逆に徹底的に解説に描写を全振りしてみることもまた一興なのではなかろうかなとか、誰でも思いつくようなことを考えてみたりするわけでございますが、やってみてつまらなかったのだろうなぁと、想像できるところまでやって、始まる今日のゴブリンでございます。
同じことの繰り返しで損得なしでありますが、その動きがあるというそのものが楽しみであったりするのでしょうね。今日も元気可愛いですね。
有利な場所の取り合いというものをする政治があるとするわけでございますが、その有利さは、時間の経過とか周囲の環境とか、歴史的な背景とか、所属する人格とか、世論とかで変化するわけでございまして、延々と有利である場所というものはかなり少なく、永久に価値があると言い切れるものは皆無でございます。
必要な時間に、必要な環境のもと、必要な期間そこを占有できればよろしいわkでございまして、それが把握できているならば、無駄に争うことはないのではなかろうかなとか、予想するわけでございますが、客観的な評価が難しいという側面が邪魔をしそうではございます。
疑心暗鬼というものもありそうではありまして、いつもそれは無いよりはあったほうがよいというような信仰に近い、所有欲の現れであったりするわけでございまして、逆に無いことの身軽さと申しますか、維持管理に係る費用について埒外になってしまっている、行政とか管理者側が存在しそうではございます。
いやさ、管理する側は、それを所有する不利益を承知しているので、実のところ誰かに押し付けたいと思っていても、その実を知らない外野が、全てを台無しにする、場合があるのではなかろうかなとか予想するわけでございまして、本来は政治やら行政に関係ないような分類の方々の意見に耳を傾ける必要はないのではなかろうかという発想になりそうではございますが、そこは民主主義というやり口へと舵を切っている状態では無理筋ということになる、のであろうかな、とか。
政治やら行政やら、管理することに対する学習が足りていないという現実が体制を歪ませているのであろうかなと、わかる人にしかわからない、通好み、玄人思考で政治を進ませることができなくなっている、政治ではなく行政とか社会の維持管理発展を担う組織やら機関やら構造に、足枷がされている、可能性があるということであろうかなとか。
もちろん独善的になってしまうのではなかろうか、第三者の目がたくさん必要なのではなかろうかという、意見にも価値はあるわけでございますし、実際説得力が発揮されそうな事例もちらほらと確認できる、のではなかろうかなと予想するわけでございますれば、つまるところ、均衡が大事であると、極端に走ることが、無駄を作る、破綻を迎える要因になる、のではなかろうかな、と。
急激な変化を嫌う層はその辺りに対する安全弁として作用している、のであろうかなとは、予想できるわけでございます。結果論ではありますし、物事は、振り返ってみなければその役割をはっきりと規定することができなそうではございますが、学習するための要因にはなり得る、のではなかろうかなと。
抽象化して概念化して、俯瞰して客観視して、感情に流されず、世論にひきづられず、欲望を暴走させず、楽観せず、冷静に対話を重視して、焦らず、はやらず、こつこつと誠実に、自己肯定感を求めすぎずに、静かにゆっくり、謀を燻らせるような人格が必要でありますが、ゆえに、目立たないのであろうかなとか、ぼんやりと連想を発散させつつ、おしまいです。
「神さまを矢面に立たせて行動する人が必要なのでしょう」
「長いスパンで行動できる方が必要となる環境が多い、のですよ」
「裏で操るとかいうと怪しさが増してしまいますな”旦那様”
一族とか呼ばれるようになるやつですな、浪漫ですな”奥様”」




