1739_念力で、あなたの幸せを祈ります。
いやどうやるのでしょうか?念じる力なのでそれほど間違ってはいないわけでありましょうかね?超能力と見せかけて、ただただ思うだけという展開はありそうではありますが、ある意味肩透かしと言いますか、夢であったとか妄想であったというような終わり方に近い物語に使われそうな展開ではございますが、どこまで叙述的な技巧として許されるのでありましょうか?とかなんとかぼんやり想像するところあたりから始まる今日のゴブリンでございます。
念動力とかいうと、超能力味が増しますな、いやまあ、実演してくださいということではありませんが。今日も元気可愛いですね。
念じて物を動かす、未来を見る、考えていることを当てる、見えない箇所を透視する、物理的に隔たっている所へ瞬間移動する、時間を停止、加速、逆行する、肉体再生をする、それようの機械を使用しないで、電子情報を読み取る、その物体の記憶を読み取る、衝撃波を放つ、電撃を放つか発電する、発火させる、光の剣を作り出して穿つ、鏡の中に入って移動する、特定の誰かに成り代わる、変身する、ちょっと考えて思いつく限りの超能力というのはこれくらいでしょうか?
これをちょっとづつ捻っていくと、さらに個性的な人物を作り出すことができるわけでございまして、幽霊のような波紋のような、背後に立っているような、そのような存在が設定された作品とか、念の能力であるとかの長期連載、休載中の作品とか、無個性と個性、一人はみんなのために、みんなは一人のために的な物語とか、まあ、いっぱいあるわけでございます。
あんなこと、良いなぁ、できたらいいよね、の妄想を実現させる物語は、これはもう神話の時代までに遡ることができるのではなかろうかなとか、実現は不可能であることはわかっているけれども、想像することは楽しいよね、という立場なのか、実はできるんじゃないかな、というかなり行ってしまった発想で行動してしまうような方々とか、結構多種多様な歴史を紡いでいたりするのではなかろうかなとか連想していくわけでございます。
やはりこう不思議とか神秘とか秘密にされたものというものに惹かれる人格が存在するのであろうかなという観察ができるわけでございまして、それは欲望の変形であったり、それそのものであったりするわけではなかろうかな、とか、楽をしようという気持ちがあったり、好奇心であったりするのであろうななどと、まあ普通に思いつくようなことを連想していくわけでございまして。
それは迷信であるから否定しようという立場もまた正しいわけでございまして、化学的根拠のない行為が差別やら、構造的な不具合を生み出している場合もあるわけでございまして、そこに不幸を生み出す要素があるならば、それは実際にやることを控えるべきものでありましょう、とか想像するわけでございます。
一方で文化的な歴史的な側面で考えると、そのようなものがあったということ自体を無かったことにすることは、これは勿体無いと申しますか、連想の余地を、新しい発想の余地を奪うことになりますので、避けた方が良いのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
その維持管理に動体的なものが必要になるとするならば、それが悲劇を呼ぶとしても続けるべきであるのではなかろうかという意見も、一定の正しさがあるのではなかろうかとか、予想できるわけでございますが、どれだけの危険やら不利益を生じるのかをよく思考した上で、過半数がそれを認めるならば、それは続くのであろうかなとか、この辺りの衝突も含めて、文化的な、とか歴史とかになるのであろうかななどと、ぼんやりと連想を発散させておしまいです。
「神様への呪言とかは、無害なものになっていった結果でしょうね」
「何気ない日常にこそ消滅の危機があるということでもあります」
「被害が大きかったから代替案としての発達したとかはありそうですな”旦那様”
街のスナップショットが貴重な資料となったりするわけです”奥様”」




