1728_まいこぅはん、うえきうぇき。
無責任な存在はそれはそれで楽しそうであるわけでございまして、それを返すと責任とはとても辛いものであるのではなかろうかということになりまして、あえてそれを取りに行く利点があるのであろうかとなりますと、危険に見合う、不利益に見合う、労力に見合う、利点があるからこその取得なのであろうかなとか、ぼんやりと予想しながら始まる今日のゴブリンでございます。
幼ければ責任を無くすることができるわけでありますが、それを学ばないでは置けないということでもありまして、叱られることもありましょうな。今日も元気可愛いですな。
無責任存在に何か地域とか領域とかを表す言葉をつなげると、どうにも楽しくなるのではなかろうかなとか、国名とか、惑星の名前とか、銀河とか、あとはなんらかの概念を付け加えるとかどうでありましょうか?特色でもよろしいかもしれません。否定的なものから肯定的なものから、隅から隅までざっくりと付け加えると、何やら新しい概念が生まれる可能性もある、のでありましょうか?
雑談無責任司会者とかは普通にありそうでありまして、あやふやな知識を適当にひけらかしつつ連想で無駄話をしていくわけでございまして、そんなものを信じでどうするのですか、という立場でちゃらんぽらんにいくわけでございます。娯楽の一種と言いますか、まあ、背景音楽と言い切っていいのではなかろうかなとか、ただ言葉がつながっている、しゃべっているだけの価値しかないような存在はこれは大変に無責任でよろしいのではなかろうかと。
こう級やら段位やらを認定するという流れはどうであろうかなと、どこまで無責任になれるのかと言いますか、どのような行為が無責任何級であるのかを評価していくわけでございまして、これはこれで非常に無駄な時間の使い方であるのではなかろうかという意味合いで価値が生まれそうではございます。
余裕のない世界であるならば、これはまあ、非難囂々な流れになるのであろうかなという予想はたつわけでございますが、追い詰められているからこその笑いを大事にする精神が必要であるという、お話もどこかで聞いたことがあるような覚えがございますので、時と場合を選ばずに発言する無責任さが、事態を打開させる鍵となるやならんや、多分ならんと予想できるわけでございますが。
もはやどうしようもないような所に存在してしまった、行き着いてしまった場合には人は必ず無責任になるのではなかろうかなとか、もうどうにでもなれとか、私がいなくなった後にどうなろうが気にするところではないとか、そのような心境になるのではなかろうかとか、つまるところ、最後の瞬間には必ず無責任にならざるをえない、可能性が高いということであろうかなと。
刹那的な環境であるならば、これはもう無責任である方が利益が高い可能性があるということであるのかなとか、数年先ですらなく、明日をもしれない生き方をしている方々やら組織であるならば、色々と考えて自重する意味が見出せない可能性が高く、となるとやはり直接的な快楽に溺れてしまったり、現実から逃避してしまったりするのであろうかなとか。
未来に希望があるならば、責任を取ることもやぶさかではない、とかうそぶいてみたりするのであろうかとか、逆説的には、それがないのであろうなぁ、とか、どうせ示すことはできないであろうとか、厭世的になってしまっている精神が、どこかにあるのではなかろうかなとか、この辺り、全体がそのような流れになってしまうと修正が難しかろうかなとか、予想するわけでございます。
無責任に責任を取るとか言ってしまう存在が実は必要だったりするのであろうかなとか、こつこつやるやつぁごくろーさん、は実は褒めてたりするのであろうかとかぼんやり連想を発散させながらおしまいです。
「神様の責任とか考えるとちょっと怖い話になりますね」
「システムとして対処するべき案件であり精神論にしてはならないのでは?」
「責任をとって何をしでかすのかが、心配ではありますな”旦那様”
感情論を抑えることができれば良いのでしょうな”奥様”」




