1719_マヤ文明開花速報。
開花というよりは侵食とか混交とかそのようなものではなかろうかなとか、近代化というよりは他の文化への転換とか影響が大きくでるようなものであったのであろうかとか、いやしかし科学的な思考は格段に社会を改善させていったものであったりするわけでございますし、単純に侵略されたとはならないのであろうかなとか、迷信を捨て去ることは合理化を推し進めることにはなったのであろうかと、それで幸せになったのかとなると、微妙まものがあったりしたのであろうかなとか、諸々ぼんやり想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
文明人になりましょう、具体的には早く服を着てください。今日も元気可愛いですね。
なんとなくとか感覚でとか前例がそうであるから、慣習であるから、風習であるから、感情を基にして、記録に従わず、都合の良いように、主観で、原因を求めないでいて、権威に従って、神様の実在を疑わず、それが都合が良かったので、知識を求めることは悪いことであった、とか、手習いは無駄な時間であったとか、考えることはあまり良くないとか、そのような風潮があったのではなかろうかなとか、これが文明開会以前の風景であったのではなかろうかなとか想像するわけでございまして。
資源が足りないので余裕がなく、余裕がないので思考やら知恵やら工夫やらが発達しなかった。つまりは基礎研究が進んでいなかったのではなかろうかなとか予想するわけでございまして、なるほど、実は昨今もこの状態に陥っているのではなかろうかなとか予想するわけでございまして。
何かの役に立つ、直接的に社会へ貢献すること、もしくは利益を出すことを求めるあまり、それに繋がるかもしれない迂遠な道筋を閉ざしてしまっているのであろうかなとか、は予想できるわけでございまして、思想とか思考方法とかではなくまず最初に必要なものは、豊かさで、それによる、余裕であったのであろうかなと、そうでなければ、知恵もわかないのであったのであろうなと。
それがどこかにあった場合は、輸入してみたら、触れてみたら、取り入れてみたら余裕が出来るようになったわけでありますが、どこにもないような状態では、劇的な変化は生じないわけでありまして、要は地道に積み上げていくしかないわけでございますが、過度な競争によって余裕が失われて行っている、のではなかろうかなとか予想するわけでございます。
ゆっくり実験しながら進めるための市場がないということであろうかなとか、他の非効率でありながら数で押すようなやり口が、初期の段階でまかり通っている、物量作戦がある程度効果を示している、からこその、効率化が阻害されてしまっているのではなかろうかなと。
原始的な人の力で押して行っているからこそ、余裕が生まれないのであろうかなとか予想するわけでございまして、ここで人員を基礎研究に咲くと単純に負けてしまうという構造を作り上げてしまった社会が多いのではなかろうかなとか、さらにはそれ以前に人を育てる、学習をさせる余力が無くなってしまっているのではなかろうかなと。
労働力を主として考えてしまっているからこその、人材の無駄が発生している可能性はあるのではなかろうかなとか、それは文化人やそれに連なる人格を軽視しているからではなかろうかなとか、いやそうではなく、そのような思考に割く資源すら競争社会へ振り分けようとする、強制力のようなものが働いている、のではなかろうかなとか、つらつらと想像しつつ、おしまいです。
「勤勉であることを勧める宗教も多いですよね」
「学習の結果が労働でしかない、場合もありますね」
「管理側に都合が良いからでしょうな”旦那様”
それは不幸なのではないでしょうかね”奥様”」




