1718_びーまい赤ちゃん、蜂の子、まや。
昆虫食は世界を救うというような風潮が昔流行ったような覚えがあるわけでございますが、動物性の栄養素をきっちりと取ることができる上に、育成が早いという面では確かに評価できるのではなかろうかなとか、予想するわけでございますが、世の中で話題になっていないように観察できるところを見ると、どこかで頓挫しているのではなかろうかなとか、知らないだけでうっすらと現実的な動きをしているのかなとか。加工をして元の形をなくせば、結構いけるのではなかろうかなとかぼんやり想像しつつ、始まる今日のゴブリンでございます。
子供は虫が好きですし、怖がりませんし、気持ち悪がらないですよね。ですが、その手の獲物を母親に持っていくのはお勧めしません。かまきりの卵もそうですね、どこぞに仕舞ったままにしないほうがよろしいですよ?今日も元気可愛いですな。
食べることができる虫と、食べることができるけれどもまずい虫と、食べられない虫と、費用対効果が合わない虫と、まあ結構種類があるのであろうかなとか想像するわけでございますが、そもそもすりつぶして栄養素を抽出して、味を整えて、見た目を無難なものにしてしまえば、忌避感も薄れるのではなかろうかなとか、予想するわけでございまして、おそらくはすでにその手の商品は出回っているのであろうかなとか、これまた予想するわけでございます。
現状、家畜からの精肉が十分に足りているように見える、むしろ余っているのではなかろうかなとか予想できるわけでございまして、それゆえに、昆虫食が下火になっているのではなかろうかなとか、想像するわけでございます、加えて、海洋生産物とかの漁による栄養素の確保もまた、過剰なまでにされているように観察されるわけでございまして。
資源の枯渇やら、家畜の飼料やらの問題が表面化するまではこれはそのまま傾向として続いていくのであろうかなとか。つまるところ、こんなこともあろうかとというようないざという時に注目を集めるために準備をしている段階なのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
食肉の価値が希少なものとなった結果高まっていくのではなかろうかなとか、徐々にという変化ではなく、これが急激に行われてしまう場合があったりするのではなかろうかなとか、世界情勢の問題に絡まってくるとかありそうではあるかなとか予想するわけでございます。
家畜の餌がなくなるという、もしくは生産数が落ちたりしたりして、価格が高騰するならば、もちろん食肉など価格が高くなるのであろうなということは容易に想像できるわけでございまして、さらいにいうならば、飼料に回す作物が、全くまわってこなくなる地域とかも出現した場合、これはまあ、劇的に局所的に、とんでもない値付けになる、場合もありそうではあるかなとか予想するわけでございます。
高くなったとしても生産が続けられるのであるならば、それは時間が解決してくれる可能性があるわけでございますが、飼料の高騰にそのまま直結して食肉の価格帯を上昇させることができなければ、それはまあ、生産者がいなくなってしまうことになりますので、局所的に技術が途絶えてしまう、設備が消失してしまう、環境がなくなってしまう、ことになるわけでございまして、それはまあ、どうにか飼料が安定供給されるようになったとしても、復活は難しい、となるのではなかろうかな、ということはそれほど難しい想像ではないわけでございまして。
輸送費の絡みやら、他の行政機関との関係性やらが、さらに事態を複雑にさせるのであろうなぁとか、適当に連想しつつ、おしまいです。
「自給自足の精神を忘れないようにする宗教もありますね」
「大規模化をすると効率が良いことは確かなんですよね」
「文化的な融合や融和には時間がかかりますからな”旦那様”
距離がやはり問題になりそうですな”奥様”」




