1717_れっといっとびー。
ありのままにとか訳すと、雪の女王的な歌とも取れるわけでありますが、そもそもは英国出身の楽団が発表した楽曲として有名なのでありましょうか。そのままのあなたでいてほしい、とか、そのままでよろしいのですよ、と言うような意見は、そのまま素直に聞きつづつけていくと良い鴨になるという展開もありそうな気がいたします、世知辛いですかね?などとぼんやりと連想しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
赤ちゃんのままで良いということではないのでしょうね。色々できるようになってえらいえらいなのです。今日も元気可愛いですね。
変わっていくことが自然であるならば、それはあなたのままでありますよと言えるわけでございまして、この辺りは柔軟に対応していけるのではなかろうかなとか。成長していく、学んでいくことがあなたらしいのであるならば、変化することはむしろあなたらしさを助長しているのではなかろうかなとか。
頑なに変わることを拒む趣味もまた愛おしいものがあるという側面もありそうではありますね。何をやっても変わらなかったというものに対しては一種の尊敬とかも抱かれそうではあります。程度にもよるのでありましょうが、迷惑な行為を最後までやり続ける方が、尊ばれるかどうかとかは、環境次第ではないかなとか予想するわけでございます。
皆がやってみたくはあったけれども、いろいろと柵があって踏み出せなかったことを、後がないと申しますか、失うものが何もない方々が、やって見せて、そしてやり続けてしまうならば、それは、迷惑行為であったとしても、憧憬を感じさせることがあるのかもしれないとか、予想するわけでございます。
自分にはできないことをやってしまう相手に対しての、尊敬の念とかは、その内容によらずいくらかあるのではなかろうかなとか、想像するわけでございまして、それを前提として、そのままで良いのですよ、と無責任に認めてしまうことがあったりするのであろうかなと、娯楽の一種としての、見世物がより面白くなるように振舞わせるような感覚でありましょうか?
本質が変わらなければ成長することはむしろ喜ばしいことである、とかそのような意見ももちろんあるわけでございます。がしかしその本質とは何であるのかというところを適当に済ませてしまっている場合もございますし、ただたんに、こちらに都合が良いところをそう呼んでいるだけのこともまたあるわけでございます。
個人の都合が良いようにということのあるかもしれませんが、だいたいにおいては集団生活をする上に置いて都合の良い要素を本質であると分類して推奨することが多いのではなかろうかなとか、つまるところ都合の良い部分を押していくわけでありまして、ある意味合理的な思考と言えなくもない、のかもしれないとか想像するわけでございます。
できるだけ資源を節約するために、共通の認識を整えておいてしまおうというような働きが、人格の形成にも影響しているのであろうかなとか、価値観を共有しておけば、それに関わる消費資源を節約することができるわけであります、対話もしやすい、というような仕組みがあるのであろうかなとか予想するわけでございます。
変わるということはそれだけで資源を消費することにつながるわけでございますので、下手にそうするよりも少々効率が悪くてもだましだましやっていってもらった方が被害が少ないので、そのままのあなたでいてください、となる、とか捉えてしまうと、まあ被害妄想気味ではございますな。おしまいです。
「迫害が終わったならば急な変化を抑えるように働くわけです」
「良い瞬間を捉えてそれをそのまま維持するように促すわけですね」
「目の前の危機を乗り越えたら、変化を厭うようになりますな”旦那様”
社会を安定させると効率が良いですからな”奥様”」




