1716_へけらっと、パレット。
人材派遣業者と人身販売業者の違いがどんどんと狭まっているのではなかろうかと言う危惧を抱く方がおられるようではございますが、むしろしっかりと商品管理をしているということであるならば、後者の方が健全ではなかろうかなとかなどと皮肉が出てくるくらい、乱雑な経営をしているものも増えたのではなかろうかとか雑感を述べてみるあたりから始まる今日のゴブリンでございます。
使われるのではなく使う側になれとか言われて育てられた子供がぞんざいに人を扱うようになる、のかもしれませんね。まあ、道徳の問題なのかもしれませんが、はいはい一緒にお片づけをしましょうね?今日も元気可愛いですね。
社会の流動性を確保するために、必要なところへ必要な人材を回すという意味合いでは、実は人材派遣業も役に立っているのではなかろうかと言う意見もあるわけでございますが、しかし、その現場で役に立つ技能をその現場で学ばせようという泥棒を捕まえて縄を結うようなやり口がまかり通ってしまっていると、これはまあ、よろしくないわけでございまして。
そもそも数年で市場が変化するのであるならば、また数年をかけて戻ることもあるわけでございますし、むしろ周期的に必要な職種が入れ替わり立ち代り巡回したり循環したりする、方が自然であるのではなかろうかなとか、であるならば、その市場ための技能なり知識なり、人との付き合いなりは、次周期まで維持しなければならないわけでありまして、すっぱりと人を消してしまっていいわけない、のではなかろうかなとか予想するわけでございます。
それは仕事ではあるものの、文化的側面を持っているというように捉えることができるわけでございまして、そしてそれが文化であるならば、動態保存をしなければ容易に廃れてしまったり、その意味合いが変質してしまったりするのではなかろうかなとか予想する訳でございます。
無駄な仕事というものはその意味では存在しない訳であり、最低限でも人員は咲き続けなければならない、場合もあるのではなかろうかなとか予想する訳でございます。もっともこれはもう少し効率的にできるでしょうとか、明らかに周囲に悪影響を与えているようなやり方は、改善しなければならない訳でございます。
ただ、そのように改善するためにも、その仕事そのものは継続させなければならない、場合があるのではなかろうかなとか、つまりは無駄で非効率な仕事を残しておかなければそれに対する改善の技能や技術やらかん働きが成長しないのではなかろうかなという予想ができるわけでございます。
しかしそれをわざと残すことは感情的に受け入れがたいものがございますので、構造として仕方なく残っていくように持っていくような工夫が必要であったか、結果としてそのような働きができるようなものになっていた、のではなかろうかなとか、それが流動性の抑制によって行われていた、可能性があるのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
適度な人員の交流は必要であるけれども、それは過度に行ってはいけないものであり、転職もまた然りであったのではあるけれども、昨今その流れが否定されつつあるのではなかろうかなと。であるから、技術が進歩してこないのではなかろうかなとか、落ち着かないことが原因ではなかろうかなとか予想する訳でございます。
停滞しすぎていたので動かそうとしたら、止まらなくなりました、というような流れではなかろうかなとか想像する訳でございまして、過ぎたるは及ばざるがごとしを素でやっている社会と、連想してみたところでおしまいです。
「神様の教えもほどほどに扱わなければ劇毒ですしね」
「人の能力上極めるために数十年かかる場合も多いでしょうね」
「極端な行動はよろしくないのでしょうな”旦那様”
仕事だと千、学習だと二百時間が半人前の目安だそうですよ”奥様”」




