1711_えー、と言って始める有名な政治家。
所得倍増計画とか豪気なことを言っていた方が昔おられまして、現状の維持というものは大切ではあるものの、将来に大きな希望を持って、踊らされてくれる政治家もまた同時に必要ではあるのであるかなとか、ぼんやりと連想するわけでございますが、雰囲気に流されないで、着実堅実にこつこつ成長するような、市民であるように促すような方向もまた健全ではあるのであろうよな、とか、ぼんやりと想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
何事であれ夢中になれるものを見つけることは良いことだとは思いますが、そろそろご飯でありますのでお片づけをお願いします。今日も元気可愛いですね。
景気を良くしなければならない、なぜかいうとそれが良いことであるからである、とかなんとか頭の悪い論法がふと脳裏に浮かぶわけでございますが、雰囲気でどうにかなってしまうような類のものであり、それがゆえに流れが起きなければそうはならないという問題があるのであろうかなと。
なんとなくそのような方向へ多数が走り始めることでしかなされないものがあるのではなかろうかとか予想するわけでございまして、狂乱とか呼ばれる動きであるわけでございますが、それはなかなかに計画的にやることが難しいものであることも確かではございまして。
むしろ軽挙妄動を戒めるような動きをする方が、結果として正しいことになる、効率的な構造を構築することにつながることが多い、のではありますが、評価としては派手な動きの方が上に見られることになることが多いわけでございまして、承認欲求と合わせて、外連味のある動きが好まれたりするのであろうかなとか予想するわけでございます。
つまるところ認識を改める、客観的に判断する、しっかりと観察して評価してそれを続けることが大切であるのであるけれども、それをなそうとすると前提での資源消費が大きいように見えるわけでありまして、安易な方向へと流れることになる、のではなかろうかなとか。
ただ本来はそのようなお祭り騒ぎは、時間稼ぎの類であるわけでございまして、狂乱している間に、どうにかして無理筋を通して行って、効果的な構造を構築してしまったり、古い因習によって阻まれている認識を改変させたりする、方向に進んで行かせるのではなかろうかな、とか予想するわけでございます。」
その時間稼ぎ、ごまかしの方に中力してしまっていると、根本的な解決がおろそかになる、というようん流れは、まあそれほど珍しいものでもないわけでございますが、ただ、そのごまかしにしても、大義名分と申しますか道義的に無視できないようなものも含まれてしまっていることが多いわけでありまして、どうしてもそちらを主として考え行動せざるをえない、場合もあるのではなかろうかなとか。
意識して、これは時間稼ぎにすぎないということを知っていて行動している方が一定数必要になるのであろうかなとかは予想できるわけでございまして、逆にこれが時間稼ぎにしかならないということを広く認識した上での、行動する社会とかになってしまうと、ごまかしかたも効率的になるのであろうかなとも予想するわけでございます。
どうにか時間を稼いでいる間に、新しい技術の開発やら、大量の時間を必要とする根本的解決へ向けての準備を整えるとか、そういった行いをするように流れを作らなければならないのであろうなとか、ただ、本来ごまかしである方の行動に力を注いでいないから不誠実であるとか言われる現状が、なんとも、おかしな話なのであろうなぁとか、ぼんやりと想像しながら、おしまいです。
「神様もまたごまかしであるとかいうと過激だと言われますね」
「どれがごまかしでないのかを判別する必要もありそうです」
「まやかしであると言わないだけ良いかと”旦那様”
まあ立場や、見方にもよるでしょうな”奥様”」




