1709_ぬくのぬめあねれむぬゑ。
謎の呪文とか思われるわけでございますが、れっきとした文字であり、音と文字が一対一で対応している部類のものでございます。表音文字とかいうのでありましたか?そもそもこの種類の文字は、大陸からの輸入物を独自に改良して使用してきた経緯がございますので、成り立ちを遡ることが大変であるとかなんとか、逆に容易なのではなかろうかとかなんとか、雑学的な記事で読んだことがあったりなかったりいたします。いつもの通りふんわりとした感じで始まる今日のゴブリンでございます。
文字の覚えたてであると、絵なのか文字なのかわからなくなったり、鏡写しに書かれてしまったりするわけですね、ある意味芸術とも言えるのではないでしょうか?今日も元気可愛いですね。
曲線を多用する文字というものは、実は意外と視認性が悪いのではなかろうかなとか想像するわけでございますが、つまりは定まった軌道を描きにくいところがあるので、模倣が難しいというところから、文字の乱れが見れたりするのではなかろうかとか、想像するわけでございます。
直線のみで書かれた文字体系というものが効率的ではなかろうかという発想が浮かんでくるわけでございますが、ある意味くさび形の文字がそれに当たったりするのであろうかなとか、予想するわけでございます。もしくは漢字のみの語句であったりするのでありましょうか、しかしあれにも微妙に曲線が混じっているわけでございまして。
曲がっている線を利用して文字にしている原因というものは、そもそも手書きで記していたという歴史と申しますかそこまで大げさではないでしょうが、運用の使仕様があったわけでございまして、まっすぐ書くことよりも曲げて続けて書いた方が書きやすかった、からでございましょうか。
もしくは変化がつけやすかったからかもしれませんが、ある意味自由に座標を決定することができる、軌跡の種類が増やしやすいからこその曲線文字が発達したり、使用頻度が高くなったりしたのではなかろうかなとか。要は書きやすかったのであろうかなとか想像するわけでございます。
現状、手書きで文字を書くことは少なくなってきている、ように観察されるわけでございますが、発達の流れの関係やらで、改めて直線文字に変異させようという動因が働かなくなっているのではなかろうかなとか。また逆に手書きで無くなっていったので、線の揺らぎがなくなってしまった、もしくは達人でなくとも同じ文字が容易に表記できるようになった、がゆえに、曲線多用文字の生存が確立されたのではなかろうかなとか。
手書き文字が進歩していったならば、曲線文字は淘汰されていったのではなかろうかなという、予想を立ててみたわけでございますが、それはそれで、書きやすさという点から見ると、曲線使用文字は便利なものであることは違いないのではなかろうかなという予想もまた経つわけでございまして。
人間の手の形と申しますか構造がそうであるからこその曲線使用文字の高頻度化がなされたとか言ってしまうとそれっぽく聞こえるのではなかろうかなとか、想像するわけでございますが、ある意味当たり前の話題を膨らませているだけであるのであろうかなとも同時に思考するわけでございます。
悪筆で、後に判別されない文字を残してしまっている方と接すると、もう少し良い文字文化があったのではなかろうかなとかの感想は抱きますな。おしまいです。
「曲線が美しいという文化も影響しているのでしょうね」
「黄金の螺旋が如何の斯うのとかは有名ですよね」
「直線が不自然であるという感覚はありますな”旦那様”
漫画とかでもよくネタにされますな”奥様”」




