1684_るにゃん、だふる、こーと。
猫は真理である、異論は認める。とかなんとか、たまには時事的な何かとか、日付にちなんだ挨拶を考えてみたりもするわけでございますが、柄ではなかったかなとか。ちなみに猫は普通に好きではあります、苦手とはしていません、妖怪でも何でも来てください、擬人化はむしろご褒美です、とか何とか言ってみたりするわけでございます、頭が悪い動作を心がけてみましたがこれでよろしかったでしょうか?な、今日のゴブリンでございます。
猫耳を装着した幼児とか破壊力しかないのではないでしょうか?今日も元気可愛いですね。
日付で遊んでいる文化には基本駄洒落がつきものであるようでございますが、これは日本語が主体であるが故の現象ではなかろうかなと、同音異義語の多さが肝になるのではなかろうか、とか、以前にも話題に挙げたことがあったような気がいたしますが、いわゆる語呂合わせ的気な感じであるのであろうかなと。
諸外国と申しますか、言語が違う国におきましても記念日というものはあるのであろうかなとは予想できるわけでございますが、生誕日とか終端日とか、何かが発生した日、収束した日が当てられるのではなかろうかなとか、予想するわけでございまして。
終戦の日とするか戦勝記念日とするかは立場によって違うのであろうかなとか、思われるわけでございますが、各方面に配慮するならば、戦争が終わった日程度にするのかよろしかろうかと、愚考する次第。いやまあ、勝ったほうが遠慮してどうしますかとかそうすると逆に負けたほうが惨めになるとかそのような場合もまたあるのであろうかなとかも連想できるわけでございますが。
一方が勝利したならば、他方に敗北した方がおられるわけでございまして、これはまあ、両者優勝とかでなければそうなることが自然でございます。しかも基本的に1陣営しか勝利しないような決まりでありましたらば、敗者はかなりの数を叩き出している可能性が高いわけでございまして、総量でいうならば、民主的に行くならば、この負けた方にこそ、柄りょが必要になるのではなかろうかなとか予想するわけでございまして。
または、勝った瞬間に、負けた陣営が取り込まれるような流れであったならば、これは最後には誰も敗北していないという結果が残る可能性も大いにあるわけでございまして、戦い方にもよるのであろうかなとか想像できるわけでございます。勝敗の決定方法によるとも言えるわけでございます。
敗北した方が、全滅するという流れであるならば、これもまた、最後には勝者しか残らなくなるわけでございまして、後後の面倒が少なくなる、可能性が高いのではなかろうかなとも予想できるわけでございまして、ただこれは勝利した方もただでは済まないような印象がございます。
互いに勝利条件が違う可能性もありそうではあるわけでございまして、この場合は勝者が複数存在することもあり得るのであろうかなと、予想するわけでございます。ある意味利益の再分配になりそうではあるかなとか、想像するわけでございまして、なるほど、平和な世界の一形態になりえるかなとも予想するわけでございます。
詰まるところ、勝負事におきましても、妥協する点が必要になってくる、そうした方が効率がよろしいということになるのであろうかなとか、それがわからないから、止めどきが難しくなる、のかもしれないですね、とか、猫を思い出しながらおしまいです。
「ネコと和解しましょう」
「宇宙と猫は親和性が高い、ような気がします」
「平和な世界ですね”旦那様”
仕草が人っぽいのですよね、猫さまは”奥様”」




