1679_とーとー、どーどー、巡り巡らせ、迷子螺旋。
ぐるぐる回らせることによって時間を稼ぐことになる、のかもしれませんし、運動を効率よくさせることができる、ように企んでいるのかも知れません。体を動かさなければ健康に悪い、そのような認識は概ね間違ってなく、けれどもただそれだけを目的にするには、育ってしまうと、躊躇する、のであろうかなとか、ぼんやりと自らを省みながら始まる今日のゴブリンでございます。
こう、無意味に動くことができる幼児ってすごいのですよね、と感心することしかり。もう少し周りを見てくださればいうことはないのですが。今日も元気可愛いですね。
なんども繰り返される格言のような言葉に、筋肉は裏切らないというものがあるそうでございます。それから派生して、関節は結構あっさりと壊れるというものもあるようでございますが。どちらにせよ無理はよろしくないのであろうかなとは予想するわけでございます。
大きな体の方が筋肉が多いので力が出ますよという意見がございまして、それなりに間違ってはいない理屈なわけでございますが、縦横奥行きと三次元で持ってして質量が増減するわけでございまして、巨大になればなるほどにそれを支える筋肉やら骨格が必要になる、流れになるわけでありまして、必然的に対外的な出力、その全体からの比率は落ちる、ことになるのであろうかなとか予想できるわけでございます。
密度が大事になるのであろうかなとは予想がつくわけでございますが、細胞の大きさはだいたい決まっているわけでございますが故に、その割合を増やす必要がある、ということになるのであろうかなとか、ぼんやりと想像するわけでございまして。
さらにはその方向も考慮していかなければならない、のかもしれないとか、必要な向きに対して効率よく働くことができる筋肉を鍛えることによって、効率的に出力を上げることができるのではなかろうかなという予想がございまして、これが、用途によって鍛える場所が違ってくるのでありますよ、という理屈に合わさるのであろうかなとか、予想するわけでございます。
ただしかし多くの育成方法は経験則でしかなく、こう鍛えればここが伸びますよということだけではなく、この競技やら仕事ではここの筋肉を使いますよということを客観的に記した仕様書のようなものが存在しないのではなかろうかなという予想ができるわけでございまして。
もしくはそれはあるけれども、まだまだ発展途上であるか、一般的には流布していないもの、さらには、各々の勘に頼る部分が多分にあるものであるのではなかろうかなとか、予想ができるわけでございまして、そうであるならば、まだまだ発展の余地がある、のであろうかなとか予想するわけでございます。
筋肉の質を変化させることができるかどうかという点でも、注目を集めているのではなかろうかなとか、どれだけの効率で運動を行うことができるのかどうか、刺激の伝達物質はさらに適度な量を調節できるのであろうかとか、純粋な筋肉というものはどのようなものであるのであろうかとか。
その筋肉の組み合わせもまた考慮に入れられるのではなかろうかなとか、漫然と積み上げるのではなく、計画に沿った育成方法があるのではなかろうかなとか、究極の筋肉とは、などと、思考を連想させつつ、おしまいです。
「良い筋肉には神様が宿ったりする、とかそのような宗教はありそうですね」
「子供に適度な運動をさせないのは虐待と見られたりしそうですね」
「背中で神様を語る宗教家とか、ちょっと魅力的でございますな”旦那様”
閉じ込め案件と合わさりそうではありますな”奥様”」




