1667_ルクス、るっくす、光り輝くウルトラソゥ。
言葉の流れでそのまま出てきてしまう単語というものはあるのではなかろうかなとか、枕詞のようなものなのでありましょうか?そこに意味はないわけでありまして、深読みすると土坪に嵌るのではなかろうかとか、土壷でしょうか?
つぼと申しますか、経絡秘孔とかそんな感じでありましょうかね、お前はもうはまっているとかなんとか言ってしまうと、とある年代には受けるのではなかろうかとか、計算高い、今日のゴブリンでございます。
それが受けるかどうかを自分自身でしか判断しなくて、やってしまう癖はどうにかしたほうが良いかもしれません、十分面白かったですが。今日も元気可愛いですね。
たらちねの、とくれば母になるくらいに、組み合わせが決まっている言葉はあるようでございまして、おとっつあんおかゆができたわよ、いつもすまないね、とか会話の妙でありましょうか、本当にこのようなやりとりをする親子というものは見たことがないような気がいたしますが、よく考えなくとも、相当親密な関係にならなければ覗けないやりとりではあるわけでございまして。
ここは私に任せて先に行け、とかもそのようなやりとりに含まれるのではなかろうかなとかも予想するわけでございますが、これはまあ、結構仕事とかをしていますとありえそうな台詞ではなかろうかなとか、思考するわけでございまして、もちろんそれっぽくふざけて言うことのほうが多そうではございますが。
基本有名な台詞は言ってみたいものであるという認識がございますが、これは常識の範囲なのでございましょうか?流行り物に乗っかってみるというやり口は軽佻浮薄であるというお叱りを受ける可能性も高そうではありますが、粋な動作に含まれる場合もございましてこの辺り塩梅が難しいとか、技術が必要な案件ではなかろうかなとも予想するわけでございます。
あえて、無味乾燥なやりとりに済ませるやり口もあったりするわけでございますし、純朴な言葉が胸を打つ、こともあるわけでございます。ただその純朴さが有名な台詞まわしであったなら、これはまああざとくなるわけでございまして、意図せずに、気障な言い回しになる、場合もあるのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
有名な映画の台詞をもじっていくやり口も多いわけではございますが、それはある程度有名でなければならない、かもしれなと想像するわけでございます。逆にほとんど見られなかった映画やら動画やら小説やらであっても、良い言い回しは存在するわけでございまして、それを再発掘するやり口は、これはむしろ王道と言っても良いのではなかろうかなとか、は予想する訳でございます。
一番に引用してためになると申しますか、芸になる原本としては、聖書が挙げられるそうでありまして、適当な部分を適切に引用するだけで、文章が引き締まる、そうでございます。偉人のお言葉でもこれはまあ良いかもしれませんが、結構、趣味が悪いととられるものもあったりするわけでありまして、あまり文句の付けづらい聖書という題材が選ばれる、のであろうかなと予想するわけでございます。
もっともそれは基督教文化が肯定される場所に限られるわけでございまして、それを敵視するような文化圏では攻撃の材料にしかならないわけでありまして、まあ万能の引用元はないのであろうかなとか、想像するわけでございます。いやまあ本能的な叫び声を引用したならば文句は出ないでしょうかね?意味不明すぎて手を出すのに躊躇するだけかもしれませんが、おしまいです。
「身内の経典から引用すると正気が保てなくなる可能性がありますね」
「数式もまた決まった組み合わせがあったりして面白いですよ」
「精神汚染攻撃に使えるし経典って魔導書では?”旦那様”
一連の流れがそのまま意味ある枕詞のようではありますな”奥様”」




