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1652_んそー、ふぉんとー、あーのしー。

 頭の悪そうな感嘆詞連打で乗り切ろうとして、そもそも何をやっているのかをごまかそうとしていると見抜かれてしまうと、真面目な表情で冷静に攻撃を開始する人格とかちょっと魅力的ではなかろうかなとか。基本的に自分の実力を隠す方向で立ち回る人には、いや本当にそれ薄っぺらいのではないかとかという懸念が付きまとう訳でございますが、そう見せることが目的の場合もあり、深読みをしすぎて自滅する展開もありえそうではありますね、とか、ぐるぐると思考を回していきながら始まる今日のゴブリンでございます。


 はい、これは何も考えていなかったですね。少なくとも一手先くらいは想像して動けるようになってほしいなとか。意表だけはつけます。今日も元気可愛いですね。


 すべてのことを肯定的に捉える人格というものがそばに控えていると、傲慢になるのではなかろうかという心配が生まれてくるわけでございまして、安全を高めるのであるならば、苦言を弄するじいやを脇に控えさせるべきではないかなとか予想するわけでございます。


 ただそこに愛がなければ、いけないのではなかろうかという、ぼんやりとしたどこぞの動画の歌詞が頭に浮かぶわけでございますが、要はどう使っていくのかの問題になるのではなかろうかなと。ただ人格がまだ形成されていない段階であるならば、完全肯定するような時期もまた必要になるのではなかろうかと、予想するわけでございまして。


 この辺りは塩梅なのであろうかなと、悪いことは悪いことであると叱ってくれる存在は、まあ、必要なのでありますが、それはそれで否定的であることを前面に持ってこられると、困る場合はあるわけでございます。感情に寄り添っていかなければ理屈が通らない段階が存在するのであろうかなとは予想するわけでございます。


 それは感情的になっているのか、感情を利用しているのか、楽をしているのか、工夫をしているのか、怠惰であるのか、しっかりと休養を取っているだけなのか、これらの肯定否定の見極めは非常に難しいわけでありまして、であるならば、いっそ評価をしないという手段もあるのであろうかなと。


 あまりにも無関心であるという場合もまた問題ではございますが、状況を見て対話をする必要は必ずしもあるとは限らないわけでありまして、距離をとることもまた妥当な判断であり対話をしないということもまた対話の中であるとか言えるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。


 寂しいことは悪いことではないという価値観もまたございまして、切なさやら悲しさは、情動を豊かにするものではあるといいますか、心地よさにつながる場合もあるのではなかろうかなとか。それは賑やかを強調するためにあるのではなく、それそのものに価値があるのではなかろうかという発想でありまして。


 要はそれは邪魔をされ無い、満たされた空間であるという認識であると理解することが必要であるのではなかろうかなとか、想像するわけでございまして。それが貴重であることを知るには、やはり日常的な騒がしさも経験する必要があるのではなかろうかなとも予想するわけでございます。


 この辺り、適度な無関心が必要になるのではなかろうかという意見に集約されそうではありますが、利権が絡んできますと途端に難しくなるのであろうなぁという予想もできるわけでございまして、なんともかんとも、にんともかんともでござりますな、でおしまいです。


「人ではなく神様を気にしましょう」

「指導が妥当かどうかは常に問題になるわけです」

「制作者から離れた神聖に期待しましょう”旦那様”

 観察して意識して出力する技術は大事そうですな”奥様”」

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