1650_女の人ってこういうのが好き。萌え燃。
男性にいうならば許されて女性に同じ発言をすると叩かれるような現象はそれほど珍しくなく、基本的に虐げられてきた年月が長いという共通認識がありますので、それが作用しているのであろうかなと。補正されていると言えなくもないわけでありまして、そのうちに均衡される、のではなかろうかなとか、ぼんやりと想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。
発言には気を付けましょう。もっとも、子供だからわかりません、は結構汎用的なごまかし態度ではありますが。今日も元気可愛いですね。
どうやってもどうしようもないとされる男女差の要素としては、それは子供を産むことができるかどうかというものであるのであろうかなと、さらにいうならば、その行為が結構な危険を孕むものであり、負担が強いられるものであるのであろうなということであるわけでございまして。
一つの生命としては出産は不利益でしかないわけでありますね。生存戦略に真っ向から反抗しているようなものでありますので、しかし種全体としてみるとこれはなければ困る大きな要素なわけでありますので、どうにかこうにかしてごまかしていかなければならないわけであります。
自然現象の一部として次代の作成があるような生物であるならば、それほど問題はなく、原始的なそれであるならば、十分な栄養を得て分裂すればよろしいわけでありまして。そこまで遡らなくとも、ようは肉体的な苦痛がない、痛覚がないような身体であるならば、出産系列は不快にはならないのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
ただ痛覚の有無は触覚の有無であるわけでありますので、危機的な状況に気がつかない不利益もまた同時に存在してしまうわけでございまして、それによって、淘汰されてしまった可能性もまたあるわけでございます。この辺り結果として痛覚がある生物が残ったのであろうかなとか、予想するわけでございます。
もしくは痛覚を持っていても拒否ができないような仕組みがあるならば、これは効率的に回避できるわけでございまして。自律的に行動ができないもしくはとても遅いのであるならば、後に苦痛が待っていたとしても避けられないとなるわけでございまして。植物などがそうなのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
そもそも苦痛を感じるのかどうかというところから考えなければならないような気も致しますが、それに近い、神経はあるのではないかなという予想がございます。あれば生存戦略上便利であるから、それはあるのではないかという適当な予想ではございますが。
次代を作る行為を避けることができない、もしくはそれを意識することができない、いつの間にか次の世代が形成されているというやり口なのであろうかなと、これを物理的にやってしまうか、社会的にやってしまうかで、その様相が違って見えるのではなかろうかなとか、想像するわけでございまして。
寄り添うとか助けるとかそれは尊いものであるとか崇めるとか、まあ基本ごまかしでございまして、明確に不利益を押し付けていることには違いなく、罪悪感を何かに置き換えて、義務感とか、敬愛とか、いいように装飾していることが、現状ではなかろうかなとか、言えなくもないわけでございまして、けれども平等であらなければならないという流れになったので、また歪んできているのであろうかなとか、ぼんやりと連想しながら、おしまいです。
「ごまかしの代表が宗教でしょうかね?」
「無痛出産はさらに広がるべきだとは思います」
「自然に生死の戦いを提示してくるのは出産だけですからね”旦那様”
未来的には人のお腹からの出産そのものをなくす方向ですな”奥様”」




