1646_ディは吸血鬼狩り人、広い意味で鬼殺。
片親が吸血鬼であるという設定であったような気がしますが、混血の登場人物が活躍する物語というものは結構多いような感触がございまして、古くは、神様との混血とか神話的な何かにあったようななかったような覚えがございます。多分あったはずですし、現在も神様の血脈であるという公言はしていないけれども黙認されている、お約束として共通認識とされている皇族が存在することは事実であったようななかったような、微妙な話題を華麗に避けようとして、特に成功していないいつものゴブリンでございます、皆様お元気ですか、私も元気です。
どこからか神様の血脈というものは混ざってくるわけでありまして。そもそも7歳までは神様のうちというわけでありますから、幼児様は神様であるわけでありますね、神様がされることでありますから、仕方がないのわけです。さて片付けましょう。お手伝いくださいな神様。今日も元気可愛いですな。
性差がありまして、番で増える生き物であるならば、ある意味全て混血であると言ってもいいのではなかろうかとか、暴言を吐いてみるわけでございます。ある意味特徴が際立っているかないかの違いくらいしか差異はないとか言ってみると結構すっきりする可能性が高いのではなかろうかなとか、思考するわけでございます。
以前にも述べましたが、基本大きく人種に違いはないわけでございまして、それは目の数やら鼻の形、口の数やら歯の数、骨の並びやら筋肉のつきかたから、腱のつきかた、関節の向きやら、手足の数、指の数、その場所形、大きくは違わないわけでありまして、むしろ違いが少なすぎるわけでありまして個人の特定が困難になるくらいではなかろうか、とか言いますと言い過ぎではありますか。
同じような姿をしているからこそ、少しの違いが気になるというくらいの意味合いではなかろうかなとか、人種というものは。むしろ育った環境によってその能力と申しますか、性質が大きく変容するのではないかとかどうとか、言われているような覚えがございます。
同じような姿かたちをしている方々が、同じような地域に住んでいることが、その性質を決定づけているのではなかろうかなという予想は、それほど間違ってはいないのではなかろうかなとか、むしろ共通認識と申しますか常識の範囲ではなかろうかなとか予想するわけでございます。
では強制的にでもその環境を混ぜ合わせて、共通とした方が良いのかとなりますと、民族浄化とかの話題に踏み込むことになるわけでございまして、ある意味些細な違いを大切にする文化があるのであろうなという想像ができるわけでございます、第三者目線から見ると同じように見えるけれども当事者にとってはその違いは大事であるということも、普通にあるのであろうなとも予想できるわけでございます。
そのような違いがあるからこそ世界は彩を鮮やかにするのでありますよという意見もまた正しいわけでございますが、逆にそこにそれほどまでにこだわるのですか、どうにかその認識は改めた方が良いのではありませんかという意見もまた同様に正しいわけでございまして、この辺り、どのように調整するのかどうかという問題であろうかなとか予想できるわけでございます。
差別につながるような文化を助長するのかどうかというお話になるのであろうかなとか、そもそもそれが禁じられてきた理由は何であるのかなとか、根本の原因を明らかにしてつまびらかにして示すことで、新しい関係性を産んでいかなければ安寧な社会は作られないとか、何とか、まあ、言い方ではありますが、譲歩して混ぜ合わせていくのであろうかなとかぼんやり連想しつつ、おしまいです。
「神様の血を引くことが単純に幸せであるとは限らないのですよね」
「差別なのか区別なのか文化なのか悪習なのか見方の違いですから」
「神様は外付けの幸せ発生装置ですからね”旦那様”
そこに利益を見たりするとさらに混沌としますな”奥様”」




