1642_小娘、狐娘、こんこんお稲荷。
立ち止まって対象をじっと見つめるので神秘的な意味合いを持たされたそうでありまして、お狐様、動体視力が弱い可能生はあるのではなかろうかなとか、もしくは観察する癖のようなものが環境的にそうなっているのであろうかなとかぼんやりと想像しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
狐耳がつけられた服とか、まあ幼児にはよく似合うわけでございますが、意外と誰にでも似合う感じはするのでありますね。完全に着ぐるみではありませんかという指摘には目をそらさせていただきますが。今日も元気可愛いですね。
田畑で害獣である、鼠を餌にして狩るところから、益獣としてもてはやされていた可能性はあるわけでございますが、反面家畜を狙った犯行もあったのではなかろうかとか、この辺り、害獣であるか益獣であるかは環境によるのであろうかなとか、予想するわけでございます。
echinococcus というものも狐の属性をあやふやにしてしまうものであるのであろうかなとか、感染症としては致死率が高く、潜伏期間の長さからか、治療がほぼ不可能であるわけでございまして、とある地方特有のそれであったわけでございますが、のちに拡大されたという懸念があるようでございます。
基本外科的な治療のよってしかそれが行えないとい現状がございますので、この症状が現れにくいという性質が厄介であるのであろうかなと、ゆえに予防が大事であり、それには、その病原体、この場合は寄生虫になるのでありましょうか、それに触れないことが第一となり、運び手との接触を断つことが必要となるわけでございまして。
さらには飲み水からも伝播することがあるとのことでありますので、野外での湧き水やらその手の類を摂取することは、基本的に命に関わると知っておくべきではなかろうかなとか、そのような感染症がその土地に根付いているという知識を前もって知っているべきではあるかなとも想像できるわけでございます。
遠くに移動する場合やら、土地勘のない場所を訪れる場合には事前に危機管理的な情報を得てから行うことが良いのであろうかなとは、当たり前に想像するわけでございますが、同じような文化圏であるから鷹揚に構えてしまって、必要な情報がすり抜けてしまう、怠惰に扱ってしまう、可能性は高そうであるかなとか予想するわけでございます。
悪いのはお狐様ではなくそれを安易に移動させてしまった人間であるという見方はもちろん正しいわけでありますが、その歴史を知らずに一方的に悪役へと認定してしまう流れもまた普通にあるわけでございまして、単純に攻撃する対象が欲しいという気持ちもあるのであろうかなとか予想するわけでございます。
一方的に駆逐してしまえばよろしいのではなかろうかという意見もあるわけでございますが、さらに自然の均衡を崩すことになるのではなかろうかという反論や、道義的と申しますか、動物愛護的と申しますか、人間としての優しさを発揮するべきであるという意見もあって、なかなかそうはならない、ようでございます。
あまり嫌悪感を与えない見た目をしているという点も有利なところであるのであろうかなとか、さらには、毛皮、体毛の手触りやらも一定の嗜好品としての地位を約束している、ような気がいたします。ある意味、趣味的な条件で生き延びている可能性も高く、なるほど異形なるものが、駆逐されていったからこそのこの世界であると言ってしまうと、傲慢すぎるのであろうかなと、いや異形だからこそ愛でられているものもありますね、などと思考を発散させておしまいです。
「特定の動物を神の使いとする形式は結構よく見られますね」
「自身の都合を優先して動物を移動させた弊害ですね」
「飲食についてのタブーにも関わってきますな”旦那様”
外来種の問題は今でも知らない方がいますな”奥様”」




