1623_だおれるぞー、受け止める、それは潰れ肉まん。
容姿端麗だと思っている、美少年かっこわらいという存在で、頭脳明晰であって、人の考え付かないことをすることが大好きである権力志向の強い、暴食な方が、異世界に転生したならば、それだけで物語になるのではなかろうかなとか、これはつまり、要素が多すぎるということであるのではなかろうかとか、ぼんやり想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。
欲望の塊であることは確かではございますが、それが幼児というものであるとするならば、なるほど、これはこれで真理なのでございましょうね。今日も元気可愛いですな。
天才と申しますか学習速度が常人の数倍とか数十倍とか、いやさ千倍くらいあるとしまして、その状態である程度成長したのちに、生まれ変わって、つまりは赤ん坊よりまた成長しなおすようなことがあるならば、これはかなりの優位を周囲より保つことができるのではなかろうかなとは、予想するわけでございます。
頭が良いということはどうなのであろうかとつらつらと想像するに、試行回数の回転が早いのではなかろうかなとか、予想できるわけでございまして、只人が一回それを行う時間で、二回、から三回ほどできるのであればこれは、才能があると言えるのではなかろうかと、想像できるわけでございます。
これは思考の道筋を上手に作っておいておくことで、後天的に得られる技術ではなかろうかなとも予想できるわけでございまして、天才という意味合いからは違ってきているのかもしれないとか想像するわけでございまして、これが、際立って早いとなるとやはり脳みその出来が違うと言わざるをえないのではとか、連想するわけでございます。
つまるところ下手の鉄砲の数撃ちゃあたるの精神であるのではなかろうかなという予想でございまして、思考が深いと申しますか、連想が上手であるとか、それを答えに近付くまで、繰り返し、繰り返して早く行うことができるということではなかろうかなとか、予想するわけでございます。母数が多いのであれば、すぐれた答えも多く出るのではなかろうかという想像でありまして、それほど間違ってはいないのではなかろうかなとか、予想できるわけでございます。
これは時間さえかければ、誰でもそれが可能であるのではなかろうかという結論を導き出すこともできるわけでございます。それはその通りでありまして、無限に近い試行回数が得られるのであるならば、必ず何らかのさえた答えが出るのではなかろうかなとか、そのような発想になるわけでございまして、ある意味凡人への救いになるのではなかろうかとか連想できるわけでございます。
であるならば、時間を操ることができる、ごまかすことができれば結構ただの人も天才を装うことはできそうであるかなとか、想像するわけでございまして、どこかで誰かがおっしゃっておりましたが、虚構で天才を表現する場合には、二時間かけて考えた発想を、数秒でやらせてみることであるとかなんとか、でございまして、なるほど見事な解法であるのではなかろうかなと感心したことしきり。
例外として少ない試行回数で正解と申しますか、とても常人では思いつかないような手を見出してしまう方も、実は少なくないように観察されるわけでございまして、ただこれも外からの観察でははっきりしないのでございますが、常に土台となる連想の種と申しますか思考の筋道のようなものを、意識的にか無意識的には用意してあったりするのではなかろうかなとか、予想するわけでございまして、なるほど、やはり何かを考え続けることが大事なのであろうかなとか、まあ、ありきたりな結論になったような気がしたところで、おしまいです。
「我思うが故に神あり、とかどうでしょう?」
「万人に効果的な学習方法とかが発明されれば天才の意義は薄まりますかね」
「神様で思考を停止しなければよろしいのではなかろうかなと”旦那様”
そもそも天才に意義を見出す意味がわかりませな”奥様”」




